ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第四章 ミノタウロスはいる【過去 赤松朱里】

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 なんだかんだで、ここに入り込んでいる人間はまだ幼い。当然ながら、まともな判断力なんて持ち合わせていないだろう。湯川のように判断できるほうが珍しいのであって、無理矢理に川を渡ろうとする可能性だってゼロではないだろう。

「この場にいるのが俺達だけなら問題ないが、他に先行している別働隊がいるなら仕方がない。そいつらを放って帰るわけにはいかないだろうし」

 その言葉を聞きながら、湯川は人格者であると朱里は思う。こんな状況で、人のことを心配することができるなんて素晴らしい。

「ねぇ、智昭はさ、私達より先に他のみんなが進んでいることを前提で話しているけど、私達のほうが先に進んでいるって可能性はないの? ほら、茂みの裏側とか、行こうと思えば行けた場所は、これまで何箇所もあったじゃん」

 冷静な湯川を支えているのが夏帆という存在なのであろう。阿吽の呼吸というやつだ。

「いや、心理的に考えてみろ。辺りは暗いし、下手に道をそれてしまったら戻って来れる保証はない。となれば、やはり正規のルートを進みたくなるのが人間というものだ。何か特別な理由でもない限り、ルートを外れることはあり得ない」

 辺りは暗い。しかも、ここはミノタウロスの森と呼ばれる場所だ。大人達が近づくなと口酸っぱく言っていた忌避されるべき場所。そこに入り込んだ子ども達が、わざわざリスクの高そうなルート選択をするだろうか。いいや、しないだろう。ここまでやってきた朱里達のように、正規の――比較的安全に見えるルートをたどるはずだ。

「よし、渓流の様子を見てこよう。下手をして水難事故になったら洒落にならないからな。ただ、思っていた以上に、この森は危険な箇所が多そうだ。夏帆と赤松は俺が戻ってくるまで、ここで待っていてくれても構わないぞ」

 湯川はそう言うと立ち上がる。どうやら、他のみんなに危険を報せに向かうつもりらしい。確かに、この暗さでは渓流の規模は分からないし、考えなしに川を渡ろうとする者が出てもおかしくはない。それで無事に川を渡ることができればいいのだが、かなりリスキーなことであるのに変わりはない。

「いや、智昭だけで先に向かうとか危なくない? 絶対にやめたほうがいいって」

 夏帆の言葉に朱里は同意を込めて何度も頷いた。
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