ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第四章 ミノタウロスはいる【過去 赤松朱里】

第四章 ミノタウロスはいる【過去 赤松朱里】1

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【1】

 湯川と夏帆が戻ってきたのは、朱里がバッテリーを交換してすぐのことだった。どうやらロープを見つけてきたらしい。そのロープを使って斜面をのぼると、これまでの風景が一変した。鬱蒼とした木々より高い場所に出たようで、街の明かりが一望できる。もっとも――街というよりも集落であるが。

「うわぁ、綺麗――」

 素直な感想として呟くが、しかし湯川と夏帆は無言のままだった。また自分が空気の読めない発言をしてしまったのかもしれない。だってここは、ミノタウロスの森なんだから。

 朱里は空気というものが分からない。言葉のあやというものが分からない。特に日本人というものは、本音と建前を使い分ける。それゆえに、相手の気持ちを察する能力が必要になるのだが、どうやらその能力が自分にはないらしい。

 どうして相手の言った言葉を、そのまま受け取っては駄目なのか。自分は相手に言われた通りの反応をしているだけなのに、なぜ空気が読めないと言われるのか。

 特に酷いと言われたのは、あの子――七色七奈ちゃんが家で飼っていた犬が死んだ時のことだ。まず前提として、七奈ちゃんは飼っている犬が毎日甘えてくるから大変だと言っていた。見知らぬ人に吠えるから困るとも言っていた。だから――言ってやったのだ。

 ――犬、死んだら、大変なこととか困ることもなくなるから良かったね。

 素直な感想だった。これまで七奈ちゃんを困らせていた犬が死んだということは、七奈ちゃんが困るとことはない。大変なことも起きない。だから、そう言ったつもりなのに、彼女は泣き出してしまった。

 後はこれまで何度も経験した通り。朱里は他のクラスメイトに吊し上げられた。事実上、これが初めて経験した吊し上げだったのかもしれない。もっとも、それ以前から裏では色々と言われていたのかもしれないが。

 初めての経験だった。良かれと思って言った言葉だったのに、まるで周囲からは悪者扱いされた。あの時から、朱里の人生は少しずつ傾き始めたのかもしれない。

 自分なりにも色々と調べてみた。すると、自分には元より発達障害なるものがある――という答えにたどり着いた。親にも事情を話し、大きな病院で診て欲しいと懇願した。けれども、両親の反応は、朱里の期待していたものではなかった。

 普段から世間体というものを妙に気にする田舎文化。世の中ではすでに発達障害というものが認められていたというのに、両親は性格の問題だけで片付けた。失敗したら、悪かったところを直せばいい――とまで言われた。何が悪かったのか分からないから困っているというのにだ。
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