116 / 203
第四章 ミノタウロスはいる【過去 鏑木孝義】
5
しおりを挟む
あ、あぁ――そんなまさか。この森がミノタウロスの森と呼ばれる由縁を、身をもって知ることになるなんて。
鏑木は本能的に察した。この場から今すぐ逃げなければ、次は自分の番であると。
ずっと握りしめたままの懐中電灯を、その影のほへと向けた。
――牛。
まず真っ先に飛び込んできたのは牛の顔。しかし、そこから下は赤いマントに身を包んでいる。何よりも奇妙なのは、牛の顔をしているくせに、二足歩行であるということ。これでは、まるで本物のミノタウロスではないか。
鏑木は足で地面を蹴って、少しでもミノタウロスから離れようとする。しかしながら、腰が抜けてしまっている状況では、完全なる無駄なあがき。そうしている間にも、ミノタウロスは一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「く、くるな――。こないでくれ」
必死に立ち上がろうとする。その場から離れようとする。しかしながら、頭の中で体に命令を出しても、それが受け付けられることはない。とうとう、自身の意に反して、股間の辺りが熱くなった。失禁――というやつだ。
どう考えたって、この状況はまずい。これでミノタウロスの正体が高田辺りで、全てが手の込んだ悪戯だったら、どれだけ良かったことか。しかし、ミノタウロスが腰からぶら下げていたものを直視してしまった鏑木は、大声を上げると同時に絶望した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
それは、由美香の首だった。そう、文字通りに首。ミノタウロスの腰に結えつけられたロープから、由美香の生首がぶら下がっていたのだ。その目は驚いたかのごとく大きく見開かれ、大きく開いた口からは、だらしなく舌がだらりと垂れていた。
殺される――それは、先ほどから本能的に感じていたことであったが、どうやら理性的な面から見ても、それは間違いないようだ。
足を動かさないと。立ち上がらないと。ここを離れないと。逃げ出さないと。色々と頭の中では考えが巡るが、情報が錯綜して命令系統を混乱させる。
当然、ミノタウロスが待ってくれるわけもなく、とうとう鏑木の目の前までやってくる。鏑木はミノタウロスの顔を見上げ、そして懐中電灯で照らすのが精一杯だった。
片手が斧を振り上げるミノタウロス。表情――なんて、もともと牛だからないのかもしれないが、まるで動きのない無機質な顔が、変に怖かった。
鏑木が最期に聞いたのは、斧が風を切り裂く音だけだった。
――その後訪れたのは。二度と光が戻ることのない闇。永遠の闇だった。
鏑木は本能的に察した。この場から今すぐ逃げなければ、次は自分の番であると。
ずっと握りしめたままの懐中電灯を、その影のほへと向けた。
――牛。
まず真っ先に飛び込んできたのは牛の顔。しかし、そこから下は赤いマントに身を包んでいる。何よりも奇妙なのは、牛の顔をしているくせに、二足歩行であるということ。これでは、まるで本物のミノタウロスではないか。
鏑木は足で地面を蹴って、少しでもミノタウロスから離れようとする。しかしながら、腰が抜けてしまっている状況では、完全なる無駄なあがき。そうしている間にも、ミノタウロスは一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「く、くるな――。こないでくれ」
必死に立ち上がろうとする。その場から離れようとする。しかしながら、頭の中で体に命令を出しても、それが受け付けられることはない。とうとう、自身の意に反して、股間の辺りが熱くなった。失禁――というやつだ。
どう考えたって、この状況はまずい。これでミノタウロスの正体が高田辺りで、全てが手の込んだ悪戯だったら、どれだけ良かったことか。しかし、ミノタウロスが腰からぶら下げていたものを直視してしまった鏑木は、大声を上げると同時に絶望した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
それは、由美香の首だった。そう、文字通りに首。ミノタウロスの腰に結えつけられたロープから、由美香の生首がぶら下がっていたのだ。その目は驚いたかのごとく大きく見開かれ、大きく開いた口からは、だらしなく舌がだらりと垂れていた。
殺される――それは、先ほどから本能的に感じていたことであったが、どうやら理性的な面から見ても、それは間違いないようだ。
足を動かさないと。立ち上がらないと。ここを離れないと。逃げ出さないと。色々と頭の中では考えが巡るが、情報が錯綜して命令系統を混乱させる。
当然、ミノタウロスが待ってくれるわけもなく、とうとう鏑木の目の前までやってくる。鏑木はミノタウロスの顔を見上げ、そして懐中電灯で照らすのが精一杯だった。
片手が斧を振り上げるミノタウロス。表情――なんて、もともと牛だからないのかもしれないが、まるで動きのない無機質な顔が、変に怖かった。
鏑木が最期に聞いたのは、斧が風を切り裂く音だけだった。
――その後訪れたのは。二度と光が戻ることのない闇。永遠の闇だった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
舞姫【中編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。
剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。
桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
亀岡
みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。
津田(郡司)武
星児と保が追う謎多き男。
切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。
大人になった少女の背中には、羽根が生える。
与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。
彼らの行く手に待つものは。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる