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第四章 ミノタウロスはいる【現在 七色七奈】
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目の前で信じられないことが起こっている。まず、昼間に会ったばかりの湯川智昭が首を吊って亡くなっているということ。そして、警察の介入をさも当たり前のように握り潰した近隣住民。大和田はこの小さなコミニュティの中で生きているから、逆らえないのも無理はない。私も彼を責める気にはなれなかった。
大和田に続いて車に乗り込もうとした時のことだった。背後から声をかけられた。
「おい、あんた。見ない顔だな……」
無視をして車に乗ることもできたと思う。事実、そうしようと私は考えた。でも、私がここでわだかまりを作ってしまうと、大和田が後々困ることになるかもしれない。
「あの、小さい頃――10歳になるまでこっちのほうに住んでいたんですが」
どう返していいのか分からなかった私。とにかく、この辺りの人は他所者というものを色眼鏡で見る節があるから、かつてはここに住んでいたことをアピールしてみた。
「はぁ……ちなみにどこの家だ?」
「七色です」
私が素直に答えると、男達は顔を見合わせる。その中の誰かが口を開いた。
「七色って――区長やってた家じゃないか?」
それに同意するかのごとく何名かが頷いた。
「おぉ、そうだ。七色なんて珍しい名前、あそこしかなかろう」
私の家のことを知っているのは、男達の中でも年配の人達のようだ。もっとも権力を持っている男に関しては、いまいちピンと来ていないようだ。
「でも、ずっとこっちを離れていたんだろう? お嬢さん、悪いことは言わないよ。今見たことは忘れたほうがいい。それに、こんな何もない田舎にいたって面白くないだろう。明日にでも帰ったほうがいいぞ」
権力者であろう男の言葉は、やや角が取れて柔らかいものになってはいたが、しかしその内容は私を追い返すようなものだった。
「行こう。これ以上は関わらないほうがいい……」
思わず何か言い返してやろうかと思ったが、しかし大和田に促されたことで、私は思いとどまった。この光景を忘れろ――なんてできるわけがない。
私は渋々と車に乗り込んだ。私達の車がその場を去るまで、男達はずっとこちらを睨みつけているように見えた。
「――本部にはなんとか上手い具合に説明したおいたけど、本当にこれでいいんだろうか?」
大和田は自らの行いを悔いるかのごとく呟く。
「狭いコミニュティーの中で生きていくには、見えない振りをしないといけないこともあると思います。もちろん、それが正しいとは言いませんが」
大和田に続いて車に乗り込もうとした時のことだった。背後から声をかけられた。
「おい、あんた。見ない顔だな……」
無視をして車に乗ることもできたと思う。事実、そうしようと私は考えた。でも、私がここでわだかまりを作ってしまうと、大和田が後々困ることになるかもしれない。
「あの、小さい頃――10歳になるまでこっちのほうに住んでいたんですが」
どう返していいのか分からなかった私。とにかく、この辺りの人は他所者というものを色眼鏡で見る節があるから、かつてはここに住んでいたことをアピールしてみた。
「はぁ……ちなみにどこの家だ?」
「七色です」
私が素直に答えると、男達は顔を見合わせる。その中の誰かが口を開いた。
「七色って――区長やってた家じゃないか?」
それに同意するかのごとく何名かが頷いた。
「おぉ、そうだ。七色なんて珍しい名前、あそこしかなかろう」
私の家のことを知っているのは、男達の中でも年配の人達のようだ。もっとも権力を持っている男に関しては、いまいちピンと来ていないようだ。
「でも、ずっとこっちを離れていたんだろう? お嬢さん、悪いことは言わないよ。今見たことは忘れたほうがいい。それに、こんな何もない田舎にいたって面白くないだろう。明日にでも帰ったほうがいいぞ」
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「行こう。これ以上は関わらないほうがいい……」
思わず何か言い返してやろうかと思ったが、しかし大和田に促されたことで、私は思いとどまった。この光景を忘れろ――なんてできるわけがない。
私は渋々と車に乗り込んだ。私達の車がその場を去るまで、男達はずっとこちらを睨みつけているように見えた。
「――本部にはなんとか上手い具合に説明したおいたけど、本当にこれでいいんだろうか?」
大和田は自らの行いを悔いるかのごとく呟く。
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