ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第四章 ミノタウロスはいる【現在 七色七奈】

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 外は徐々に夜の帳が下りようとしている。

「それじゃあ、俺は風呂を沸かしてくるから。ビデオテープは俺も見たいから、ちょっと待っててな」

 大和田はそう言うと、警察官の帽子を脱ぎながら、駐在所の奥へと姿を消した。

 昨日の今頃は、まだ家を出ていなかった。そう考えると、随分と濃い一日だったと思う。たった一日で探し出せたビデオテープは三本。まだ終わりが見えてはこないが、このテープ探しもいずれは終わりが訪れるはずだ。

 赤松朱里が何かをしようとしていることは間違いなさそうだ。そして、どうやら彼女の原動力には――少なからず悪意が込められているらしい。

 一体、彼女は私に何をさせたいのか。許さない――とは、何を許さないのか。そもそも、私は彼女に恨まれるようなことをした記憶がないのに。

 ふと、その時のことだった。駐在所の電話がけたたましく鳴り響いた。その音があまりにも大きくて、飛び上がりそうになってしまう。思わず耳を塞ぎたくなるような大音量に、慌てて走ってくる足音が重なる。大和田が奥から飛び出してきて、電話に飛びついた。

「はい、駐在所です」

 肩で浅く呼吸をしながら電話対応をする大和田。

「――はい。はい。えっ? なんですって? いえ……たまたま今日の昼飯を」

 大和田の顔色が急に悪くなる。その視線の先には、私と大和田が食し、そして空になったラーメンのどんぶりがあった。食事を終えてすぐに、簡単ではあるが流しを借りて私が洗ったものだった。

「分かりました。今すぐに向かいます。はい、本部のほうにも応援を入れますので――」

 電話を切ると大和田は「えらいこっちゃぁ……」と呟き落とした。

「あの、どうかしましたか?」

 私が大和田の仕事について首を突っ込むのは、きっと間違っているのだろう。しかしながら、直感的に思ったのだ。この電話――きっと私にも関係があると。

「――とんでもないことが起こった。いや、あまりにもタイミングが悪すぎる。どうしてこんなことに」

 そう呟く大和田の声は震えていた。それでも、絞り出すかのごとく、衝撃の一言を放った。

「大将亭の若が――湯川智昭さんが遺体で発見されたみたいだ。まだ詳しいことは分からないけど、これから現場に向かう」

 その一言に私は言葉を失いそうになった。けれども、今は事実確認を優先すべき。辛うじて理性が私の思考回路を正常に保ってくれる。

「大和田さん。私も……連れて行ってください」

 大和田はただただ頷いたのであった。
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