104 / 203
第四章 ミノタウロスはいる【現在 七色七奈】
25
しおりを挟む
外は徐々に夜の帳が下りようとしている。
「それじゃあ、俺は風呂を沸かしてくるから。ビデオテープは俺も見たいから、ちょっと待っててな」
大和田はそう言うと、警察官の帽子を脱ぎながら、駐在所の奥へと姿を消した。
昨日の今頃は、まだ家を出ていなかった。そう考えると、随分と濃い一日だったと思う。たった一日で探し出せたビデオテープは三本。まだ終わりが見えてはこないが、このテープ探しもいずれは終わりが訪れるはずだ。
赤松朱里が何かをしようとしていることは間違いなさそうだ。そして、どうやら彼女の原動力には――少なからず悪意が込められているらしい。
一体、彼女は私に何をさせたいのか。許さない――とは、何を許さないのか。そもそも、私は彼女に恨まれるようなことをした記憶がないのに。
ふと、その時のことだった。駐在所の電話がけたたましく鳴り響いた。その音があまりにも大きくて、飛び上がりそうになってしまう。思わず耳を塞ぎたくなるような大音量に、慌てて走ってくる足音が重なる。大和田が奥から飛び出してきて、電話に飛びついた。
「はい、駐在所です」
肩で浅く呼吸をしながら電話対応をする大和田。
「――はい。はい。えっ? なんですって? いえ……たまたま今日の昼飯を」
大和田の顔色が急に悪くなる。その視線の先には、私と大和田が食し、そして空になったラーメンのどんぶりがあった。食事を終えてすぐに、簡単ではあるが流しを借りて私が洗ったものだった。
「分かりました。今すぐに向かいます。はい、本部のほうにも応援を入れますので――」
電話を切ると大和田は「えらいこっちゃぁ……」と呟き落とした。
「あの、どうかしましたか?」
私が大和田の仕事について首を突っ込むのは、きっと間違っているのだろう。しかしながら、直感的に思ったのだ。この電話――きっと私にも関係があると。
「――とんでもないことが起こった。いや、あまりにもタイミングが悪すぎる。どうしてこんなことに」
そう呟く大和田の声は震えていた。それでも、絞り出すかのごとく、衝撃の一言を放った。
「大将亭の若が――湯川智昭さんが遺体で発見されたみたいだ。まだ詳しいことは分からないけど、これから現場に向かう」
その一言に私は言葉を失いそうになった。けれども、今は事実確認を優先すべき。辛うじて理性が私の思考回路を正常に保ってくれる。
「大和田さん。私も……連れて行ってください」
大和田はただただ頷いたのであった。
「それじゃあ、俺は風呂を沸かしてくるから。ビデオテープは俺も見たいから、ちょっと待っててな」
大和田はそう言うと、警察官の帽子を脱ぎながら、駐在所の奥へと姿を消した。
昨日の今頃は、まだ家を出ていなかった。そう考えると、随分と濃い一日だったと思う。たった一日で探し出せたビデオテープは三本。まだ終わりが見えてはこないが、このテープ探しもいずれは終わりが訪れるはずだ。
赤松朱里が何かをしようとしていることは間違いなさそうだ。そして、どうやら彼女の原動力には――少なからず悪意が込められているらしい。
一体、彼女は私に何をさせたいのか。許さない――とは、何を許さないのか。そもそも、私は彼女に恨まれるようなことをした記憶がないのに。
ふと、その時のことだった。駐在所の電話がけたたましく鳴り響いた。その音があまりにも大きくて、飛び上がりそうになってしまう。思わず耳を塞ぎたくなるような大音量に、慌てて走ってくる足音が重なる。大和田が奥から飛び出してきて、電話に飛びついた。
「はい、駐在所です」
肩で浅く呼吸をしながら電話対応をする大和田。
「――はい。はい。えっ? なんですって? いえ……たまたま今日の昼飯を」
大和田の顔色が急に悪くなる。その視線の先には、私と大和田が食し、そして空になったラーメンのどんぶりがあった。食事を終えてすぐに、簡単ではあるが流しを借りて私が洗ったものだった。
「分かりました。今すぐに向かいます。はい、本部のほうにも応援を入れますので――」
電話を切ると大和田は「えらいこっちゃぁ……」と呟き落とした。
「あの、どうかしましたか?」
私が大和田の仕事について首を突っ込むのは、きっと間違っているのだろう。しかしながら、直感的に思ったのだ。この電話――きっと私にも関係があると。
「――とんでもないことが起こった。いや、あまりにもタイミングが悪すぎる。どうしてこんなことに」
そう呟く大和田の声は震えていた。それでも、絞り出すかのごとく、衝撃の一言を放った。
「大将亭の若が――湯川智昭さんが遺体で発見されたみたいだ。まだ詳しいことは分からないけど、これから現場に向かう」
その一言に私は言葉を失いそうになった。けれども、今は事実確認を優先すべき。辛うじて理性が私の思考回路を正常に保ってくれる。
「大和田さん。私も……連れて行ってください」
大和田はただただ頷いたのであった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
ダブルの謎
KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー
舞姫【中編】
友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。
三人の運命を変えた過去の事故と事件。
そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。
剣崎星児
29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。
兵藤保
28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。
津田みちる
20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。
桑名麗子
保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。
亀岡
みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。
津田(郡司)武
星児と保が追う謎多き男。
切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。
大人になった少女の背中には、羽根が生える。
与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。
彼らの行く手に待つものは。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる