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第四章 ミノタウロスはいる【現在 七色七奈】
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大和田はすっかり昼休憩モードに入ってしまったのか、事務仕事をやめてお茶を淹れ始める。私もしっかりご馳走になったが、きっと上の空というやつだったかもしれない。とにかく、後悔ばかりが先行してしまい、私の中で帰宅という選択肢が浮かびつつあった。
きっと、大和田と他愛もない話をしながら過ごしたのだと思う。頭の中では他のことを考えながらも、相槌を打ったり簡単な会話なら振ったりすることができるから不思議だ。そうこうしている間に、どうやら食事が到着したようだ。
「毎度ー!」
そこまで元気一杯とはいえないが、それなりの声で、オカモチを持った男が駐在所に姿を現した。
「それじゃ、チャーシュー麺の大盛りと中盛り」
当然のように私のほうに中盛り、大和田のほうに大盛りを持って行く男。違う――というのも恥ずかしかったから、私はあえて何も言わなかった。餃子はどっちつかずという感じで並べられた。
「そう言えば、大将亭の若も、こっちに戻ってきてまだ数年だっけ?」
大将亭とは、おそらくラーメン屋の名前であり、察するに出前を持ってきてくれた彼が若なのであろう。若はこくりと頷く。
「えぇ、全然違うところで企業勤めしてたんですけどね。いい加減、親父が店を継げってうるさいもんで、潮時かな――と戻ってきたんです」
それを聞きながら、大和田は財布を取り出す。私もそれにならって財布を取り出そうとすると「後で徴収するから」と大和田。会計が別々になってしまうと、若にも面倒をかけるだろうから、ここは素直に従っておく。
「ちなみにさ、若はミノタウロスの森――入ったこととかある?」
万札を大和田から受け取り、釣り銭を集金袋から取り出そうとしていた若の動きが止まった。
「……あそこは近寄っちゃいけませんよ」
思い返してみれば、ミノタウロスの森に入るなと口酸っぱく言うのは、そこそこ年配の大人ばかりであり、青年団などに入っている年齢の大人達は、そこまでミノタウロスの森にこだわっていなかったように見える。時代が経つにつれて、ミノタウロスの森という恐怖の権化が、少しずつ廃れていったのではないかと思う。ゆえに、若もまた、ミノタウロスの森について、昔じみた考えを持っているとは、大和田も思わなかったのであろう。私よりも、大和田のほうが若の反応に驚いている様子だった。
「あそこにいるのは、ミノタウロスなんて得体の知れない化け物じゃありません。あれはもっと身近に存在するものです」
きっと、大和田と他愛もない話をしながら過ごしたのだと思う。頭の中では他のことを考えながらも、相槌を打ったり簡単な会話なら振ったりすることができるから不思議だ。そうこうしている間に、どうやら食事が到着したようだ。
「毎度ー!」
そこまで元気一杯とはいえないが、それなりの声で、オカモチを持った男が駐在所に姿を現した。
「それじゃ、チャーシュー麺の大盛りと中盛り」
当然のように私のほうに中盛り、大和田のほうに大盛りを持って行く男。違う――というのも恥ずかしかったから、私はあえて何も言わなかった。餃子はどっちつかずという感じで並べられた。
「そう言えば、大将亭の若も、こっちに戻ってきてまだ数年だっけ?」
大将亭とは、おそらくラーメン屋の名前であり、察するに出前を持ってきてくれた彼が若なのであろう。若はこくりと頷く。
「えぇ、全然違うところで企業勤めしてたんですけどね。いい加減、親父が店を継げってうるさいもんで、潮時かな――と戻ってきたんです」
それを聞きながら、大和田は財布を取り出す。私もそれにならって財布を取り出そうとすると「後で徴収するから」と大和田。会計が別々になってしまうと、若にも面倒をかけるだろうから、ここは素直に従っておく。
「ちなみにさ、若はミノタウロスの森――入ったこととかある?」
万札を大和田から受け取り、釣り銭を集金袋から取り出そうとしていた若の動きが止まった。
「……あそこは近寄っちゃいけませんよ」
思い返してみれば、ミノタウロスの森に入るなと口酸っぱく言うのは、そこそこ年配の大人ばかりであり、青年団などに入っている年齢の大人達は、そこまでミノタウロスの森にこだわっていなかったように見える。時代が経つにつれて、ミノタウロスの森という恐怖の権化が、少しずつ廃れていったのではないかと思う。ゆえに、若もまた、ミノタウロスの森について、昔じみた考えを持っているとは、大和田も思わなかったのであろう。私よりも、大和田のほうが若の反応に驚いている様子だった。
「あそこにいるのは、ミノタウロスなんて得体の知れない化け物じゃありません。あれはもっと身近に存在するものです」
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