ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第三章 惨殺による惨殺【過去 赤松朱里】

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 夏帆は確か、運動神経が良かったはずだ。案の定、湯川よりも危なげなく斜面をのぼりきった。

「朱里はここでちょっと待ってて! 智昭と一緒に、朱里を引き上げられるもの探してくるから!」

 夏帆が斜面の上から顔を覗かせる。そんな彼女の顔も、ビデオカメラの弱々しい照明では捉えることができない。

「うん、分かったー!」

 正直、斜面をのぼりきる自信はあった。しかしながら、ビデオカメラを持ったまま――というのは、さすがに厳しいだろう。万が一、体制を崩してしまい、湯川の懐中電灯と同じ末路を辿ってしまったら堪ったものではない。ここは大人しくフォローしてもらったほうがいいだろう。

「赤松、何かあったら大声で呼べよ。駆けつけるから!」

 今度は湯川の声がした。距離が離れてしまったせいなのであろうが、いちいち喋る度に声を荒げなければならないのが、なんだか面白かった。

「うん、分かったよー! 二人も気をつけてねー!」

 ここは未知の領域。大人達が頑なに子ども達を近づけようとしなかった場所。何があるか分からないし、何が起きるのかも分からない。もしかすると、あのミノタウロスだって本当にいるのかもしれない。

 朱里の返事を聞いた智昭と夏帆は、早速動き出したのであろう。上の方から足音らしきものが聞こえ、それが徐々に遠ざかっていく。また、朱里はこの森で独りになってしまった。

 そうだ。今のうちにカメラの調整などをしておこう。実は、この森に入った辺りで、色々と設定をいじれることに気がついた。撮影時の明るさ調整や、夜間でも綺麗に映るようなモードもあるらしい。ずっとビデオを回していたかったから、これまで触ることがなかったのであるが、今ならば少しくらい問題ないだろう。

 朱里はビデオカメラを降ろすと、ディスプレイの脇にあるボタンを操作する。撮影モードの選択などをして、少しでも綺麗に映るように調整。慣れてはいないものだし、説明書のようなものも読んではいないのだが、なんとなく勘だけでなんとかなるものだ。

「よし、多分これでいいはず」

 改めてビデオカメラを構えて、周囲の景色を映してみる。画面全体が明るくなり、これまで見えなかった場所まで見えるようになっていた。照明の強さは変わっていないから、内部的に明るさが切り替わったのだろう。

 こうして、ミノタウロスの森の夜はふけていく。夜が深まる度に犠牲者が増え続けることも知らずに。

 ――ゆっくり、ゆっくりふけていく。
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