ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第三章 惨殺による惨殺【過去 赤松朱里】

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 斜面は見た目よりも急のようで、湯川は前傾姿勢になりながら、足元を確認するように一歩ずつ斜面をのぼる。ちょっとした登山道ならば、補助のロープでも垂れていそうな急斜面であるが、しかしここはミノタウロスの森。そもそも人が入ることを想定されてはいない。

 幸いなことに、斜面の地面からは、行き場を失った木の根が顔を出している。それを足場にしながら、慎重に進む湯川。それを見守る朱里と夏帆。

 もう少しで斜面をのぼりきる――だからこそ、湯川も気が緩んでしまったのかもしれない。慎重に足場を確保しながらのぼっていたが、急に足を踏み外した。とっさに手が出て、さらに上の木の根っこを湯川が掴んだところで、懐中電灯を取り落としてしまった。幸い、夏帆が湯川の姿を懐中電灯で照らしていたから、彼まで落下することは回避できたようだ。しかしながら、湯川が持っていた懐中電灯は下まで転がり落ち、その光を失ってしまった。

「――大丈夫?」

 夏帆が慌てた様子で声をかける。もし、夏帆が懐中電灯を持っていなかったら、朱里のビデオカメラの照明だけが頼りという、実に情けないことになっていただろう。

「あぁ、なんとかな!」

 木の根を掴むことで転落を回避した湯川は、あらためて急斜面をのぼり始め、そして難なくのぼりきった。湯川の姿が見えなくなった辺り、かなりの急斜面のようだ。斜面の向こうから、湯川がぬっと顔を出した。

「そのままのぼってくるのは、ちょっとお前達には厳しいかもしれない! 何かロープの代わりになるようなものがあればいいんだが――」

 湯川はそう言って、全く光を発さなくなってしまった懐中電灯へと視線を落とす。落とした衝撃で壊れてしまった可能性が高い。明かりなしでは、ロープを探しに行くこともできないだろう。

「ちょっと私が先に行くね。明かりがないと智昭も困るだろうから」

 湯川としては、ロープなどを使って、安全に夏帆と朱里を引き上げたいのであろう。しかしながら、夏帆が言うことを全くきかない。のぼる気満々だ。

「夏帆、見た目よりも急な斜面だ! 安全にのぼれる策が見つかるまではやめておいたほうがいい」

 湯川が諭すが、しかし夏帆は首を横に振る。

「その策を探すにも明かりが必要でしょ? 夜明けまでこんなところで待てって言うの?」

 そう言って、器用に重心を取りながら斜面をのぼり始める夏帆。朱里のビデオカメラの照明では、照らせる範囲が限られているが、彼女が手にしている懐中電灯の明かりは、着実に斜面をのぼって行った。
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