ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第三章 惨殺による惨殺【過去 湯川智昭】

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 この森の構造については、全くの未知数である。噂によると、使われなくなった山荘があるとか、山肌に面しているくせに、奥に向かうと急に渓谷とぶち当たるとか、色々なことが言われているが、実際に確かめるのは、これが初めてだ。両親から口酸っぱく関わるなと言われ続けてきた土地なのだから当然である。

「よし、赤松も一緒に行こう。お前のそのビデオカメラは色々と役に立ちそうだ。迷った時も映像を遡ってマッピングすることもできるし」

 どちらにせよ、湯川の目的は全員と合流することだ。全員が無事に合流し、無事に帰ることができれば、それでいい。ミノタウロスの森自体は迷信の塊なのであろうが、そうそうに悪いことは起きるものではない。

「うん、行こう行こう」

 ミノタウロスの森でずっと独りだった朱里にとって、湯川と夏帆は心強い味方であることだろう。当たり前だが、人数が多ければ多いほど、恐怖心というものも薄れる。

「さて、それじゃ俺と夏帆の間に赤松が入る形にするか。赤松は後で迷っても大丈夫なように、できるだけ周囲の景色を映しておいてくれ」

 湯川の言葉に何度も頷く朱里。相変わらず夏帆に最後尾を任せることになるが、まぁ心配はいらないだろう。この場で恐れるべきは、その詳細さえ定かではないミノタウロスではなく、現実的に起こり得る遭難である。

 とにかく、なにも知らない――というのが、リスク要因として大きい。初めて足を踏み入れる場所であるがゆえに当然のことなのであるが、この先にどんな地形があり、またどんな危険が潜んでいるか分からない。特に足元に気を配りながら進んだほうがいいだろう。

「まずは、ここを出発点として名前でもつけておくか――」

 すぐにでも出発したほうがいいのかもしれないが、万が一にも迷った時のことを考え、湯川は頭の中でマッピングを始める。スタート地点の鳥居を潜り、木々のトンネルを抜けた先にある広場。相変わらず高い木々に覆われてはいるものの、ちょっとした広場のようになっている場所。

「名前なんてなんでも良くない? 始まりの広場とか」

 なんとも安直ではあったが、それほど分かりやすいネーミングもないだろう。湯川は夏帆の提案を採用する。

「じゃあ、ここを始まりの広場としよう。えーっと、時間は午後8時半を少しすぎて35分。これより、奥のほうへと向かってみる」

 ビデオカメラが録音機材代わり。記録のために湯川は言葉を並べ立てると、奥へ向かって足を踏み出したのであった。
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