ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第三章 惨殺による惨殺【過去 湯川智昭】

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「湯川君、ビデオ返してもらっていい?」

 背後から朱里の声が聞こえて振り返ると、ようやく見つけたらしい。ビデオカメラのバッテリーらしきものを手にしている朱里がいた。

「あぁ」

 もとよりビデオで周囲を撮影する気などなく、朱里に頼まれていたから持っていただけのビデオカメラである。素直に返すと、湯川はペンライトを改めて観察する。懐中電灯の明かりで、ペンライトを調べるというのも、なんだか奇妙な話ではある。

 朱里がバッテリーを交換している間にペンライトを調べて分かったことがひとつ。どうやら、ペンライトの側面に、アルファベットらしき文字が彫られているようだった。

「T・T……か」

 それがイニシャルだと仮定して、知り合いの中から適合する人間を探す。

「あ、高田富臣じゃない?」

 夏帆と全く同じ人物を思い浮かべていた湯川は小さく頷いた。この辺りの人間で、彼のことを知らない者はいないだろう。なんせ、大地主――旦那様と呼ばれる家の息子なのだから。

「まぁ、他にもいそうなものだが、ぱっと思いつくのは、あいつくらいか」

 時として夏帆は、湯川よりも鋭い観察眼を発揮することがある。この時もまさしくそうだった。

「あ、でもさ……これJ・Tにも見えるよね?」

 確かに夏帆の言う通りだった。特にJの上部に線が一本引かれているものだから、Tにも見えるし、またJにも見えてしまう。そして、湯川がその可能性を素直に受け入れたのには理由があった。

 谷惇である。苗字と名前が妙に短いため、略した呼び方のように思われがちだが、しかし全く略されていないというユニークな名前の持ち主。

「言われてみれば――ね。うん、もしかするとこれは谷のものかもしれないな」

 湯川はそう言いつつ、ペンライトをポケットにしまった。谷は先にここへとやって来ている可能性がある。会ったら渡してやらねば。

「よし、バッテリーの交換もオッケー。これでしばらくは大丈夫」

 湯川と夏帆がやり取りしている間に、朱里は淡々とバッテリー交換をしていたらしい。まるで周囲に見せつけるかのように、ビデオカメラを回している。

「それはそうと赤松。お前、奥の方まで行ってみたか?」

 ここはまだ、ミノタウロスの森の入り口。中がどれだけの広さか分かっていない状況だ。だから、先の情報を朱里が持っているのであれば、これほどありがたいことはなかった。

「まだ奥のほうには行ってないなぁ――」

 基本的にここまでは一本道。となると、他の面子はさらに奥まで進んでいるということになる。
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