ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第三章 惨殺による惨殺【過去 湯川智昭】

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 ここがミノタウロスの森であることを知っていながら入り込み、行方が分からなくなった人がいる。けれども、そもそもミノタウロスの森と呼ばれるようになったきっかけは曖昧なのだ。

 湯川ほどではないが、夏帆もまた幽霊などの存在はあまり信じていない。はたから見ると、可愛げがないのかもしれないが、女を演じたがって、この場でワーキャー騒がれるほうがうっとうしい。

 思ったよりも入り口は狭かった。背の低い木々が頭の上まで覆い、自然のトンネルとなっているようだった。

「ちょっと、頭のほうを気をつけたほうがいい。あと、足元にも木の根が剥き出しになっているところがあるな」

 振り返りもせずに、背後へと声をかける。

「私を誰だと思ってるの? このくらいで怪我とかしないから」

 夏帆の返答を鼻で笑う湯川。そう言えば、小さい頃は一緒になって野山を駆け回ったものだ。夏帆は昔から女らしい遊びよりも、男が何人かで集まってやる冒険ごっこなどが好きだった。それは成長した今でも変わっていないらしい。

「そうだな。昔は生傷だらけで遊びまわってたもんな。これくらい、うちの裏山に比べたら大したことないし」

 事実、湯川の家の裏山のほうが、はるかに険しいし、危険な場所が多いような気がする。あの裏山に入ることに関しては何も言われず、しかしミノタウロスの森には入るんじゃないと大人達は言う。危険という意味で見れば、明らかに家の裏山のほうがミノタウロスの森より上だと思うのだが。

 木々のトンネルを抜けると、急に拓けた場所に出た。そこで湯川は思わず足を止める。懐中電灯の光の輪が、何かを捉えたのだ。

「ちょっと、どうしたの?」

 ミノタウロスに襲われることもなく、最後尾を守り抜いた夏帆が、湯川の隣までやってきて、やはり湯川と同じように動きを止めた。多分、呼吸まで止まったのではないだろうか。

「……びっくりしたぁ。なんだ、驚かさないでよ」

 懐中電灯の光の輪の中にいたのは、同じクラスの赤松朱里だった。大きなリュックサックを背負い、なぜだかビデオカメラを回しているようだ。

「あ、夏帆ちゃんに智昭君。良かったぁ、このまま私1人だけかと思った。みんな、私を置いて行っちゃうんだもん」

 笑顔で駆け寄ってきた朱里は、安堵するかのように大きく吐息を落とした。

「置いていかれたのは俺と夏帆のほうだよ」

 そう言うと、朱里は屈託のない笑みを浮かべる。

「そっかぁ。私が公民館に行った時には誰もいなかったから、てっきり置いていかれたとばかり思ってたよ」
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