ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第三章 惨殺による惨殺【過去 湯川智昭】

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 遅れてしまったのは、こちらのほうであるし、今さら言い訳をするつもりもない。しかしながら、ずっと昔から禁忌とされてきたミノタウロスの森に入る記念すべき日なのだ。大勢いたほうが盛り上がっただろうに。

「じゃあ、とりあえず入ってみるか――そのうち、みんなと合流できるだろうし」

 当たり前であるが、懐中電灯のひとつくらいは準備してある。夏帆もこの辺りはぬかりがなく、むしろ湯川よりサイズの大きい懐中電灯を持ってきていた。奇妙な色をした鳥居が、ふたつの光の輪の中に照らし出される。これだけの光量があると実に心強い。

「これまでずっと入るのを我慢してきた場所だったんだけどなぁ。まぁ、実際――なんでも、こんなもんだったりするのかなぁ。あんまり、テンションが上がらない」

 夏帆があまりにも現実的で、それでいてつまらない言葉を漏らした。ずっと昔から禁じられていた遊びではあるが、しょせん遊びは遊び。いざやってみると、面白いのは最初ばかりですぐに飽きるものだ。小さい頃からの抑圧はあれど、ミノタウロスの森だって、その程度だ――と夏帆は言いたいのであろう。

「そんなもんだよ。それだけ俺達が大人になったってことなのかもしれない。でも、周囲の大人達が口酸っぱく言ってきたことにも、何かしらの理由があるはずなんだ。だから、注意することに越したことはない。まぁ、神隠しなんていう非現実的なことは起こらないだろうけど」

 湯川はどこか一線を引いて、客観的に物事を見る癖のようなものがある。当事者であるはずなのに、意識のどこかで他人事のように感じるというか、現実性が薄れるというか。だから、不思議と恐怖というものはなかった。

「あれだよね。智昭って、怪談とかする場にいたら、絶対にその場を白けさせるタイプだよね」

 そんな湯川を夏帆はもっとも近くで見てきたのであろう。冗談混じりに放った言葉は、決して間違ってはいない。

「現実主義者って言ってくれないか? 世の中で起きる全てのことは、大抵説明ができるようになっているんだ。幽霊なんてものは、典型的なそれ。ましてや、ミノタウロスの森にミノタウロスが潜んでいて、入ってきた人間を殺して回る――なんて話もナンセンスだ。大体、ミノタウロスの森に入った人間がミノタウロスに殺されてしまうなら、その事実を誰から知り得る? ミノタウロスの森に入った人間が全員殺されてしまったら、その話を誰が外部に漏らすんだ? 色々と考えてみると、そっち系統の話には矛盾が多かったりするんだ」
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