ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
69 / 203
第三章 惨殺による惨殺【過去 湯川智昭】

2

しおりを挟む
 遅れてしまったのは、こちらのほうであるし、今さら言い訳をするつもりもない。しかしながら、ずっと昔から禁忌とされてきたミノタウロスの森に入る記念すべき日なのだ。大勢いたほうが盛り上がっただろうに。

「じゃあ、とりあえず入ってみるか――そのうち、みんなと合流できるだろうし」

 当たり前であるが、懐中電灯のひとつくらいは準備してある。夏帆もこの辺りはぬかりがなく、むしろ湯川よりサイズの大きい懐中電灯を持ってきていた。奇妙な色をした鳥居が、ふたつの光の輪の中に照らし出される。これだけの光量があると実に心強い。

「これまでずっと入るのを我慢してきた場所だったんだけどなぁ。まぁ、実際――なんでも、こんなもんだったりするのかなぁ。あんまり、テンションが上がらない」

 夏帆があまりにも現実的で、それでいてつまらない言葉を漏らした。ずっと昔から禁じられていた遊びではあるが、しょせん遊びは遊び。いざやってみると、面白いのは最初ばかりですぐに飽きるものだ。小さい頃からの抑圧はあれど、ミノタウロスの森だって、その程度だ――と夏帆は言いたいのであろう。

「そんなもんだよ。それだけ俺達が大人になったってことなのかもしれない。でも、周囲の大人達が口酸っぱく言ってきたことにも、何かしらの理由があるはずなんだ。だから、注意することに越したことはない。まぁ、神隠しなんていう非現実的なことは起こらないだろうけど」

 湯川はどこか一線を引いて、客観的に物事を見る癖のようなものがある。当事者であるはずなのに、意識のどこかで他人事のように感じるというか、現実性が薄れるというか。だから、不思議と恐怖というものはなかった。

「あれだよね。智昭って、怪談とかする場にいたら、絶対にその場を白けさせるタイプだよね」

 そんな湯川を夏帆はもっとも近くで見てきたのであろう。冗談混じりに放った言葉は、決して間違ってはいない。

「現実主義者って言ってくれないか? 世の中で起きる全てのことは、大抵説明ができるようになっているんだ。幽霊なんてものは、典型的なそれ。ましてや、ミノタウロスの森にミノタウロスが潜んでいて、入ってきた人間を殺して回る――なんて話もナンセンスだ。大体、ミノタウロスの森に入った人間がミノタウロスに殺されてしまうなら、その事実を誰から知り得る? ミノタウロスの森に入った人間が全員殺されてしまったら、その話を誰が外部に漏らすんだ? 色々と考えてみると、そっち系統の話には矛盾が多かったりするんだ」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...