ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
61 / 203
第三章 惨殺による惨殺【過去 高田富臣】

4

しおりを挟む
 ミノタウロスの森へと肝試しに行く。グループ内でその話を出した時、誰よりも食いついたのは朱里だった。子供の頃から禁忌とされている場所に足を踏み入れるのだ。この辺りで育った子供からすれば、おそろしさの反面で好奇心が勝ってしまうような場所でもあった。誰もが一度は、ミノタウロスの森に入ってみたいと思ったことがあるだろう。

 こうして、肝試しを企画しておきながら、いざ当日になったら、待ち合わせの場所には誰も来ない。朱里のことだから、この程度で帰ったりはしないだろう。誰も来ないという事実をポジティブな方向へと思考するはずだ。そして、例え一人であったとしても、ミノタウロスの森に入ろうとするはず。

 こちらは小屋の中で朱里の動きを見守ってやろうという思惑だ。幸いなことに、ミノタウロスの森の周囲には多少の街灯が設置してあるし、いざミノタウロスの森に入ろうとすれば、朱里が持つ明かりが見えるはず。それにくわえて、人間というものは暗闇に慣れる生き物だ。幸いなことに、自転車ですっ転ぶ朱里の姿を拝むことができた。シルエットだけであるが、この時間帯にミノタウロスの森付近まで自転車でやって来るような奴は、朱里くらいしかいない。

「ねぇ、これからどうするの? あいつがミノタウロスの森から出てくるまで待つ?」

 由美香の言葉に茜が冗談混じりに言った。

「でも、もう二度と出てこれないかもしれない。神隠しに遭ってさ――」

 それを鼻で笑ったのは鏑木だった。

「神隠しってのは、そのほとんどが大型の鳥の仕業だ。小さい子を狙って上空からさらうわけだ。それを捕食するなんて話さえある。人が勝手に行方をくらますなんてことは迷信にすぎない」

 どこか冷静で、どこか現実主義。由美香と茜の言葉を一蹴した鏑木。そのクールなルックスにくわえ、高田と仲が良いという条件がなければ、このグループから追放されていたかもしれない。

「だったら試してみるか? ついでに、朱里をびびらせてやろうぜ。ミノタウロスの森なんて、単なる森に過ぎないんだからよ。なぁ、俺達も入ってみようぜ」

 それは高田の自己アピール――顕示欲のようなものだったのかもしれない。自分はミノタウロスの森なんてものに恐怖を抱かない。そんな誰も得しないようなアピール。けれども、思春期の男ならば、誰でもアピールしがちな顕示欲。

「えー、あそこに入るような格好をしてきてないから」

 苦言を呈したのは、ヒールの高いパンプスを履き、しかもミニスカートの由美香だった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

処理中です...