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第二章 動き出す狂気【過去 宝田羽衣】
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「じゃ、ちょっと様子を見てくるから、ここで待ってろよ」
まだまだミノタウルスの森の入口。引き返そうと思えば、いつでも外に引き返すことはできる。暗くてはっきりと確認はできないが、きっと谷の表情はこわばっていることであろう。
「う、うん――分かった」
焚き付けてしまった身としては、谷が必死に絞り出そうとしている勇気を否定することはできない。ここは彼の主張通り、音の正体を探ってもらうしかない。
こんな時間に、誰も近づかないようなミノタウロスの森にて、明らかに何かが動く気配があった。谷はそれをタヌキだといったが、果たして本当にそうなのだろうか。いいや、ごく一般的に考えるのであれば、それはタヌキやら森の小動物の仕業と考えるのがもっとも自然だ。
谷が一歩、また一歩と足を踏み出す。その度に光の輪が上下へと揺れ、頼りなく正面に戻るを繰り返す。音がしたと思われるほうへと光の輪が向けられる。その先にあるは、鬱蒼と生い茂った木々の根元にある茂みだ。
緑、緑、緑。この森は自然に囲まれた要塞であるかのごとく、こうして入口から、その堅牢さを誇示してくる。このまま進めば、二度と戻っては来れぬ森の監獄。ふと、羽衣がそんなことを考えた時、谷が小さく声を上げた。
それは悲鳴というよりかは、何かを見て驚いたような――そんな間の抜けた声だったかのように思う。その直後、茂みか何かが激しく揺れる音。光量の少ないペンライトで谷を照らしていたはずなのだが、その小さな光の輪の中に、いつしか谷の姿はなかった。
そして、辺りは急に静寂に包まれた。耳が痛くなるほどの静寂。それは次第に耳鳴りとなって、羽衣の両耳を支配した。それと同時に目眩のようなものにも襲われる。
「谷君。おーい、谷君――」
それでも、羽衣は谷が立っていたであろう場所に向かって声をかけてみる。しかし返事はない。持っていた懐中電灯の明かりすらない。ペンライトの心許ない明かりでは、何が起きたのかさえ把握することができなかった。
途端に怖くなってきた。もう少しすれば、みんながここにやって来るはずだ。だから、ここは一度引き返したほうがいいのかもしれない。谷が姿を消した場所まで向かうか、それとも引き返してミノタウロスの森を出るか。もはや答えは決まっていたようなものだった。引き返そう。ここは、とりあえず引き返しておこう。振り返ると、ペンライトで辺りをゆっくりと照らし、何もないことを確認すると、引き返すべく足を踏み出した。
まだまだミノタウルスの森の入口。引き返そうと思えば、いつでも外に引き返すことはできる。暗くてはっきりと確認はできないが、きっと谷の表情はこわばっていることであろう。
「う、うん――分かった」
焚き付けてしまった身としては、谷が必死に絞り出そうとしている勇気を否定することはできない。ここは彼の主張通り、音の正体を探ってもらうしかない。
こんな時間に、誰も近づかないようなミノタウロスの森にて、明らかに何かが動く気配があった。谷はそれをタヌキだといったが、果たして本当にそうなのだろうか。いいや、ごく一般的に考えるのであれば、それはタヌキやら森の小動物の仕業と考えるのがもっとも自然だ。
谷が一歩、また一歩と足を踏み出す。その度に光の輪が上下へと揺れ、頼りなく正面に戻るを繰り返す。音がしたと思われるほうへと光の輪が向けられる。その先にあるは、鬱蒼と生い茂った木々の根元にある茂みだ。
緑、緑、緑。この森は自然に囲まれた要塞であるかのごとく、こうして入口から、その堅牢さを誇示してくる。このまま進めば、二度と戻っては来れぬ森の監獄。ふと、羽衣がそんなことを考えた時、谷が小さく声を上げた。
それは悲鳴というよりかは、何かを見て驚いたような――そんな間の抜けた声だったかのように思う。その直後、茂みか何かが激しく揺れる音。光量の少ないペンライトで谷を照らしていたはずなのだが、その小さな光の輪の中に、いつしか谷の姿はなかった。
そして、辺りは急に静寂に包まれた。耳が痛くなるほどの静寂。それは次第に耳鳴りとなって、羽衣の両耳を支配した。それと同時に目眩のようなものにも襲われる。
「谷君。おーい、谷君――」
それでも、羽衣は谷が立っていたであろう場所に向かって声をかけてみる。しかし返事はない。持っていた懐中電灯の明かりすらない。ペンライトの心許ない明かりでは、何が起きたのかさえ把握することができなかった。
途端に怖くなってきた。もう少しすれば、みんながここにやって来るはずだ。だから、ここは一度引き返したほうがいいのかもしれない。谷が姿を消した場所まで向かうか、それとも引き返してミノタウロスの森を出るか。もはや答えは決まっていたようなものだった。引き返そう。ここは、とりあえず引き返しておこう。振り返ると、ペンライトで辺りをゆっくりと照らし、何もないことを確認すると、引き返すべく足を踏み出した。
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