ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第一章 好奇心の代償【現在 七色七奈】

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「さぁさぁ、狭いところだけど入って」

 車から降りると、相変わらず独特なイントネーションで駐在所の中に案内してくれる駐在さん。帽子をかぶっていなかったから、顔がはっきりと確認できる。声の調子から若いであろうことは分かっていたが、どこかあどけなさが残っている顔だ。まだ警察官になって間もない――という印象を受けた。

 駐在所の中はいかにもといった具合だった。まず、真っ先に目に入ったのはダルマストーブ。それを囲むような形で、ベンチくらいの長さの椅子が四方に置かれている。そこから少し離れたところには、駐在さんが使うであろうデスクがひとつ。壁には今年の交通事故の件数を表示する掛け札があった。今年はまだ事故が起きていないらしい。

「好きなところに座って。今、お茶出してやるから」

 奥のほうに引っ込んだ駐在さん。きっと奥のほうは給湯室などになっているのだろう。

 お言葉に甘えて、ダルマストーブのそばにあったベンチに座る。きっと、寒さが厳しくなってくると、ここが近所の集会所のような役目を担うのであろう。その光景がありありと思い浮かべられた。

「さっきも言ったけど、ここに寄ってもらったのは形式的なもん。お茶でも飲んで、ゆっくりしてもらったら帰っていいから」

 わざわざ急須に茶葉を入れ、私の目の前で注いでくれる駐在さん。自分の分も入れると、それをデスクの上に置く。私の分は手渡しをしてくれた。お茶の良い香りがする。

「あの、えっと――」

 どのように呼べばいいのだろうか。私の疑問は表情に出ていたようで、それを読み取ったかのごとく駐在さんが笑いながら言う。

「あぁ、俺は大和田賢治おおわだけんじ。見ての通り、ここの駐在やってる。駐在ってのは普通世帯持ちがやるもんなんだけど、なんせ人が足りてなくてね。俺、まだ独身なんだけど、こんな立派な家のついた駐在所で働かせてもらってんの。まぁ、こんな田舎の駐在なんて、立派な家がついていてもやりたくない世帯持ちが多いんだろうな」

 そう言ってお茶を一口。予想以上の温度だったのか「熱っ!」と叫んで咳き込んだ。私は思わず吹き出してしまう。大和田は私の反応を見て、恥ずかしそうに頭をかいた。

「んで、世間話のひとつくらいにとってもらえればいいんだけど、なんであんなところに? まさか早朝から廃校で肝試しってことはないだろ?」

 あの学校で何をしていたか。それを説明するにはちょっと面倒なのであるが、しかし話題のひとつとしては上等だろう。それに、この辺りの駐在さんなら、何かと知っているはずだ。ひょんなことから情報を得られるかもしれない。
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