ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
20 / 203
第一章 好奇心の代償【現在 七色七奈】

7

しおりを挟む
 自分ではほとんど寝ていないつもりであっても、なぜだか目覚めがスッキリとしている時がある。今の私がまさしくそれであり、大して寝てもいないはずなのに、意識だけははっきりしており、また眠気も綺麗さっぱり吹き飛んでいた。

 時間を確認してみると、まだ午前の6時過ぎ。世の中において、これが早い時間なのか否かは分からないが、少なくとも私からすれば、かなり早い時間になる。むろん、こんなに早々と動き出すつもりはなかった。

 人間というものは不便なもので、定期的にエネルギーを摂取しなければ生きていけない。しかも、エネルギーを摂取するように促すアラート機能付きだ。そのアラート機能――すなわち、私の腹の虫が小さく鳴いた。

 朝食を購入するためにコンビニへと入る。おにぎりとカップサラダ、それにコーヒーを購入。レジへと持っていくと、初老くらいの恰幅の良いおばさんが、私のことをいぶかしげな表情で見てきた。

「お客さん、見ない顔だね――」

 レジに商品を通しながら、初っ端からタメ口全開で話しかけてくるおばさん。もしかすると、相手は親愛の意味を込めてタメ口なのかもしれないが、私はこの田舎特有の……馴れ馴れしく話しかけてくる接客というのが、あまり好きではない。

「あ、はい。小さい頃はこちらのほうに住んでいたのですが」

 正直なところ完全なる余所者というやつなのだが、しかしながら余所者扱いされるのが面白くなかった私は、かつてこの地に住んでいたことを負け惜しみのごとく漏らした。うまくあしらったつもりだったのだが、田舎というのは実に狭いことを思い知らされる。

「ここ十数年の間に、この辺りを出て行ったってことは――あぁ、もしかして七色さんところの」

 あぁ、なんとも田舎というものは恐ろしい。都会は都会で近所付き合いが希薄だなんていうが、田舎は田舎で他人のプライベートスペースに踏み込み過ぎなのではないかと思う。それだけ田舎というものは世界が狭いわけだが。

 両親が離婚した際、私は父と一緒にこの街を出た。この街の出身なのは母のほうであり、婿養子ではないものの、父が母の家に入る形で生活していたのだ。形式的に父の戸籍に母が入籍しただけであり、事実上の婿養子だったのではないか――と、大人になった今では思っている。

「は、はい。まぁ、そうですけど……」

 そう答えると、私のことを値踏みするように見てくる店員のおばさん。本人に悪気があるわけではないのかもしれないが、私からすれば不愉快以外のなんでもない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
 幾度繰り返そうとも、匣庭は――。 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。 舞台は繰り返す。 三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。 変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。 科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。 人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。 信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。 鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。 手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

処理中です...