ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
13 / 203
第一章 好奇心の代償【過去 赤松朱里】

5

しおりを挟む
 きっと、ご飯ができたことを伝えたかったのであろう。仕方がないといった様子で、母は勝手口から外へと出ていった。それと同時に居間の時計が鳴る。鳴った音は7回。そろそろ待ち合わせのためにでかけなければならない時間だ。

 母には事情を話してオッケーをもらってあるし、父親が戻ってきた際、急にNGを出されても困る。朱里は自分の部屋へと戻ると、荷物を詰めるだけ詰めたリュックサックを背負う。

 両親が家を離れている間に出かけるつもりだったから、念のために充電しておいたバッテリーをリュックサックに放り投げるのと引き換えに、ハンディカムビデオカメラを取り出す。録画ボタンを押す前に、髪の毛だけ整えた。電源を入れて録画ボタンを押す。

「はい、時刻はもう7時になりました。これから、待ち合わせ場所へと向かおうと思いまーす」

 遠い将来、これを見ることになる人なんているのだろうか。もしかすると、数年後の自分がテープを見つけて引っ張り出し、この時のことを恥ずかしがりながら見るのかもしれない。中学の終わりに行う、ちょっとした禁忌破り。今だからこそ許される究極の火遊びだ。

 玄関でスニーカーを履くと、まだ両親が戻ってきていないにも関わらず「行ってきまーす」と呟いた。もちろん、返事はない。鬼の居ぬ間になんとやら――さっさと出かけてしまおう。朱里は玄関から外に出ると、脇の車庫に停めてある自転車のほうへと向かう。辺りは基本的に田畑ばかりだから真っ暗。家の前の道は、一定の間隔で置かれた街灯が照らしている。季節は5月であるが、夜になると少し肌寒い。やはりパーカーを羽織ってきて正解のようだ。

 自転車のカゴにハンディカムビデオカメラを入れる。前方を撮影するように位置を調整すると、重しの意味も込めてリュックサックをカゴの中に押し込んだ。これでカメラは固定されるし、荷物はカゴに収まるしで一石二鳥だ。

「はい、今からミノタウロスの森の近くにある公民館に向かいまーす」

 カメラに向かって手を振ると、自転車にまたがる朱里。真っ暗な闇の中に、ぽつりぽつりと家の明かりが灯っているが、家と家の距離が基本的に離れているため、他の家の人の生活が身近にあるようには感じられない。同じ町の中なのに、闇の中の対岸によその家があるように感じられてしまう。ここから公民館までの道のりで、果たして何軒の家の前を通ることになるのか。おそらく、数えるくらいしかない。

 回しっぱなしのビデオカメラと、荷物を詰め込んだリュックサック。勢いよくペダルを蹴り出した朱里は、待ち合わせの場所へと急いだのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...