ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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第一章 好奇心の代償【過去 赤松朱里】

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 夕食を済ませると「こちそうさま」とだけ母に伝え、食器は片付けずに台所を後にする。まだ集合時間までは余裕がある。思ったよりも時間というものは中々進まないものだ。

 そうだ。シャワーを浴びてしまおう。これから向かう先はミノタウロスの森。森とは名前がついているものの、どう見ても位置的に山肌から山の奥の方へと広がっているようだし、正確には山と表現するのが正しいような気もする。なんにせよ、そのような場所に行くのだから汚れることが想定される。だったら、せめて向かう前にシャワーくらい浴びておきたい。それに、今回は男子も来る予定になっている。年頃の女子としては身だしなみくらい気を遣いたい。

 シャワーを簡単に浴びると、ドライヤーで髪の毛を乾かす。タオル一枚を巻いただけの自分の体が、なんだか少しばかり妖艶に見えた。髪の毛をある程度乾かすと、あらかじめ用意しておいた服へと着替えた。行く場所が行く場所だから、お洒落よりも動きやすさを重視したい。結局、Tシャツの上に薄手のパーカーを羽織り、下はジーンズという格好に落ち着いた。パーカーはピンク色であるし、履き物はスニーカーにする予定でいる。機能性もあり、また可愛らしさも兼ね備えた格好であるといえよう。

 まだ完全に乾いていなかった頭をタオルで拭きながら居間へと向かう。テーブルの上に父親の携帯電話が置いてあって、着信音と一緒にピカピカと光っていたが、朱里が手を伸ばそうとしたら着信音は止んでしまった。そっと携帯を開くとディスプレイを確認する。自宅からの電話だった。居間から廊下のほうに顔を出すと、2階に続く階段の下から、母が溜め息まじりで出てきた。

「お母さん。お父さん、携帯忘れて行っちゃったみたいだよ」

 母に伝えてやると「全く、携帯電話を携帯しない人なんだから――」と、もうひとつ大きな溜め息が聞こえてきた。

 携帯電話はすでに普及しつつあるようだったが、中学生である朱里には別世界の話のようだった。高校生にもなると、連絡手段として携帯電話を持っている人がいるというのに、中学生ともなると急に携帯の普及率が悪くなる。事実、朱里の周りに自分の携帯電話を持っている人なんていなかった。何か起きた時に――と、父親の携帯電話さえ拝借しようかと思ったが、それはやめておいた。ハンディカムビデオカメラと違って、携帯電話がなくなったら、さすがに小さな騒ぎになるだろう。後になって怒られるのが目に見えている。
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