ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

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 手紙を開いてみると、そこには意味深な文字列が、赤いペンで並んでいた。

 ――ミノタウロスの森で待つ。

 その文字の羅列に、私は久方ぶりに小学生低学年の頃に連れ戻された。当時、私が住んでいたのは、地方都市の中心部から外れた郊外。辺り一面田畑に囲まれているような田舎町だった。何をするにも都市部にいかなければ用事が済まないような小さな町。小さな商店と診療所、学校くらいはあったものの、その面積のほとんどが田畑という、山のふもとにある町だった。

 学校から山の方に向かい、神社を過ぎて山肌が見える頃になると、それは見えてくる。山に向かって鬱蒼うっそうと生い茂る木々の間に、紫の鳥居が。鳥居の近くには御神木らしく、しめ縄が巻かれた大木がそびえていた。

 ――絶対に子供達だけで入ってはいけない。

 あの町に住んでいる子どもならば、一度は必ず親から聞かされる。あの紫の鳥居は、美濃田みのだの居留守を許す森。かつて、この町の辺りが美濃田と呼ばれていることは周知の事実であったが、子ども心ながらに居留守の意味が分からなかった。ただ、どうやら美濃田の居留守という言葉が、いつしかミノタウロスの森になったという話は聞いたことがある。

 そこは、町の大人でも近づきたがらない場所。実際のところ、入ったところでほとんど一本道であり、山肌の中腹には山小屋があったりするらしいのであるが、昔から神隠しが多く起きる場所らしく、忌み嫌われている場所でもあった。

 私は当たり前だが、ミノタウロスの森に入ったことなどない。両親から口酸っぱく言われていたし、晴れた日でも木々に囲まれて薄暗い森へと足を踏み入れようなどとは思わなかった。何よりも紫色の鳥居が不気味だったことを覚えていた。

 一体、何のためにかつてのクラスメイト――それも、仲が良かったわけでもない子から8ミリのビデオテープが送られてきたのか。そして、ミノタウロスの森が意味することはなんなのか。私は不気味さを覚えると同時に、新聞社の人間としての好奇心に襲われた。別に記事にするつもりはなかったのであるが、何か話のネタになるかもしれない。それに、気になったものは調べないと気が済まない性分の私に、そのまま8ミリビデオテープを無視することなどできなかった。

 仕事に出る時に8ミリビデオテープをバッグの中に入れ、終業ギリギリで頼まれる残業をなんとか断り、途中で夕立に降られつつ店に飛び込み、現在へといたる。
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