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#1 毒殺における最低限の憶測【エピローグ】

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 今度は何で殴られたのか分からないが、後頭部に走った衝撃が足元まで一気に駆け抜けた。変な耳鳴りが聞こえ始めて、じんじんと頭のシナプスが弾けるような感覚に襲われた。股間がなんだか生温くなったのは、今の衝撃で失禁してしまったらしい。

「このっ! このっ! このっ! よくも政武を――政武をっ!」

 悪意に満ちた言葉に合わせて、横たわった郷野の背中に衝撃が走る。それが痛みであることに、今さらながらに気付いた。もう脳内麻薬が緩和してくれているはずなのに。

「あのー! 誰か警察呼んでいただけませんか! これ、集団暴行でしょ!」

 アンジョリーヌの声、本当に良く通るなぁ――そんなことを考える郷野の耳には、様々な音が一変に飛び込んでくる。

「言って聞かせますからぁ! 後で言って聞かせますからぁ! やめてあげてください!」

 あぁ、悲痛な声を上げているのは母さんだ。きっとびっくりしただろうなぁ。ただでさえ不登校で心配かけていたのに、7人ものクラスメイトを殺したんだから。

 ゴキッ――と骨が折れたような音。ガツン――と、頭がへこんだような音。悪意と恨みが満ちた言葉。ミシッ――と体の筋が軋む音。そして泣き叫びながら懇願する声に、アンジョリーヌの通る声。休む間もなく体には衝撃が走り、とうとう痛みは痛みではなくなった。慣れてしまったと表現するのは変かもしれないが、自分の置かれた境遇が、急に当たり前になってしまったと言うべきか。

 突然クリアになった頭の中。感覚を失った体。ぼんやりとする思考に、まだまだ降りかかる悪意。

「ゴッちゃん――ゴッちゃゃゃゃゃゃん! 誰か、誰か止めてぇ! ゴッちゃんを助けてあげてよぉぉぉぉ!」

 あ、トモちゃんだ。周囲の音する失いつつあった郷野は、その声に思わず笑みを浮かべた。

「おい! 副委員長、戻れと言っているんだ! お前さんは――いや、お前さんだけは見ちゃいけない! 安藤! 手伝えっ!」

 根津の声が聞こえて、しばらくすると徐々にトモちゃんが遠くなっていくのが分かった。

 トモちゃんはお姫様だ。そのお姫様を守るのが騎士の役目である。いつか、王子様になれるかなぁ。いつか、トモちゃんに相応しい男になれるかな。郷野の中で様々な思いが巡り、それが急に遠くなって行く。

 目が覚めると公園。モノクロームがかった公園。目の前には密かな恋心を抱いている幼馴染がいる。彼女はお姫様役をするそうだ。だから、王子様の役割はぐっと我慢して騎士をやると言った。彼女は笑顔を浮かべて「絶対に守ってね」と言った。

 郷野は――幼き日のゴッちゃんは、笑顔を浮かべたトモちゃんの姿がなんだか嬉しくて、何度も頷いたのであった。


【#1 毒殺における最低限の憶測 ―完―】
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