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#1 毒殺における最低限の憶測【エピローグ】

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 人を殺すという自覚は薄かった。飲み物に毒を混入させるのは大日本帝国政府であるし、それを配ることになるのはクラスメイトの誰かだ。自分の手を汚さなくて良いという部分が、罪の意識を希釈したのかもしれない。人の死――というものを、映画や漫画などのフィクションと混同していたのかもしれない。とにもかくにも、まるでフィルター越しに別の世界を見ているような感覚だったのだ。

 ある程度の流れが決まった後、姫乙はアベンジャーに与えられる褒美のことについて触れた。なんでも、復讐が成功したあかつきには、ご褒美が与えられるらしい。郷野はやや迷った末に、引きこもりからの脱却の意味も込めて、ごく当たり前に学校に通えるような環境の整備を願った。しかし、姫乙は首を横に振る。ご褒美は、クラスメイトに対する罰でなければならないらしい。それは、ご褒美ではなく単純に罰ではないか――。そんなことを思いつつ、郷野は少し茶目っ気のある罰を提案した。現実感の剥離は止まらない。

 ――その日の晩御飯抜き。

 まだ罪の意識もなく、人が死ぬということが別世界の感覚だったがゆえに、こんなふざけた罰を提案できたのかもしれない。しかし姫乙には全く異なったニュアンスで伝わってしまった。いいや、きっと姫乙は分かっていながら、全く別の罰にすげ替えたのだ。

 ――全員、餓死。

 姫乙の一言に、冷たいものが背筋を流れた。これから行われることが異常であることを、本当の意味で悟ったのは、この瞬間だったのかもしれなかった。途端に体の芯から急速に冷えていったことを覚えている。

 もし、こちらが復讐を成し遂げてしまったら、幼馴染のトモちゃんまでもが餓死させられてしまう。小さい頃、彼女と交わした約束が頭をよぎった。

 あれは、いつのことだったのか。俗にいうというものをしていたくらいだから、まだ小学校に上がる前だったと思う。その日は、トモちゃんがお姫様の役をすると言い出した。だから、幼き郷野ことゴッちゃんは、王子様をしたいなと思った。なぜなら、王子様のお嫁さんはお姫様だからだ。でも、ゴッちゃんはトモちゃんの王子様にはなれなかった。王子様になるのは大人になってからだよ――とのトモちゃんの言葉の意味は、いまだに分からず仕舞いである。いいや、元より意味などなかったのかもしれないし、きっとトモちゃん本人に聞いたところで、そんな発言をしたことすら覚えていないのであろう。
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