猫屋敷古物商店の事件台帳

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
215 / 226
査定4 なぜウグイスは鳴かなかったのか【解答編】

14

しおりを挟む
 班目の言葉に頷いた。とどのつまり、彼の言う通りなのである。確かに、飯山と竹藤は耳が聞こえない。しかしながら、大家と争ったことで、音を立ててしまったという事実は認識はできる。それは、耳からの情報ではなく、これまで生きてきたなかで培った知識で補填するような形。お皿を落としてそれが割れれば、落とした音やお皿が割れる音は聞こえなくとも、何かしらの音を立てたことは認識できる。お皿が割れる際に音を発するということを、自然と生きていくなかで知識として吸収しているからだ。

「班目様のおっしゃる通りです。もし、飯山さんや竹藤さんが犯人ならば、大家を殺害した後に部屋を物色するなんて真似はできないのです。大家と争ってしまった際に音を立ててしまったことは間違いない。だから、その物音を聞いて田戸さんが駆けつけてくる恐れがある。飯山さんと竹藤さんのいずれかが犯人ならば、大家を殺害した時点で、さっさと部屋を後にしたはずなんですよ。でも、実際のところ犯人は、大家を殺害した後に部屋を物色しています。それはなぜなのか――大家の部屋で争い、例え物音を立てても、誰も駆けつけないことを知っていたからです。つまり、耳の聞こえない飯山さんと竹藤さんが駆けつけることはないと分かっていたからこそ――田戸さんは大家を殺害した後に部屋を物色することができたのです」

 これが事件の真相。当然ながらフロッピーディスクに残された情報だけでは、犯人が大家の殺害にいたった動機などは分からない。それに、ほぼ証拠不十分という状況で飯山が逮捕されたというのも、実に杜撰ずさんなのではないかと思う。けれども、限られた情報からたどり着ける答えは……すなわち、田戸が犯人であるという答えなのである。

「容疑者3人のうち、実は2人がろうあ者であり、その事実が判明すると同時に犯人が明らかになる。なんというか――よくできた事件ですねぇ」

 班目がぽつりと漏らし、千早は「まったくもって同感です」とスマートフォンを手に取る。実は、この事件の査定を進めるなかで、千早はちょっとした違和感を抱いていた。それを竹藤に確かめなければならない。

 ――竹藤様。もうひとつだけお聞かせください。あなたはなぜ、ご自身と飯山様がろうあ者であることを伏せていたのでしょうか?

 メールを打つとそれを送信。この事件は飯山と竹藤がろうあ者であると判明してしまえば、後はロジカルに答えが導き出される。最初にその情報さえ提示されていれば、簡単に答えが出たはずなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

【完結】共生

ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。 ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。 隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

消えた弟

ぷりん
ミステリー
田舎で育った年の離れた兄弟2人。父親と母親と4人で仲良く暮らしていたが、ある日弟が行方不明に。しかし父親は何故か警察を嫌い頼ろうとしない。 大事な弟を探そうと、1人で孤軍奮闘していた兄はある不可思議な点に気付き始める。 果たして消えた弟はどこへ行ったのか。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

処理中です...