170 / 226
査定3 おばけマンションの人喰いエレベーター【解答編】
17
しおりを挟む
「いや――今回はやっぱりやめておきます」
班目の目的は商品を買い取ってもらうことではない。それは千早だって分かりきっているだろうに、形式上はこのようなやり取りをしなければならない。査定手数料という料金の発生を明確にするためのプロセスの一環といえよう。
「査定手数料に関しては、後日お店までお持ちします。それでよろしいですかね?」
何度も千早の力を借りている班目にとって、このやり取りの流れは完全に把握済み。相場はおおよそ買い取り金額の半額。それに色をつけるかどうかは、依頼者次第である。となると、いくらとまではいわないが、おおよそ8枚といったところか。彼女の家庭事情は詳しく知らないが、確か祖母と2人暮らしだったはず。これだけが収入ではないだろうし、実際のところどうやって生活しているのかまで首を突っ込むつもりはないが、彼女の仕事が生計の足しになっていることは間違いなかった。
「買い取りをやめるのであれば、それで結構です。では班目様、またのご来店、ご利用をお待ちしております」
千早はそう言って頭を下げる。この辺りのやり取りもまた、店と客という立場の違いから生じるものなのだろうが、世話になっているのはこっちのほうだし、むしろ頭を下げるのもこちらのような気がする。班目は慌てて「いえいえ、こちらこそまた寄らせてもらいます」と、頭を下げた。
「うーん、今回もばっちり解決ってやつだな。猫屋敷、古物商なんかじゃなくて探偵でも始めたほうが、今より儲かるんじゃね?」
デリカシーのかけらもへったくれもない一里之の発言。彼女は別に探偵をやりたくてやっているわけではないということを理解していないらしい。
「いえ、私――あのお店が好きなので。それに、おばあちゃんの代まで続いてきたお店を、私の代で終わらせたくもないですし」
猫屋敷古物商店。その歴史がどれだけのものなのかは知らないが、あの店が好きという彼女の言葉に嘘偽りはないのだろう。
「ふーん、そっか。っていうかさ、腹減らね? どっかで食って帰ろうぜ」
自分で話を振っておきながら、素っ気なく返す辺りもまた、キングオブデリカシーのない男選手権優勝候補だと言えよう。しかも、話を急に切り替えて夕食の話ときたものだ。その言葉がトリガーだったのであろう。どこかで腹の虫が鳴いた。なぜだか、うつむいた千早が頬を真っ赤に染めていた。思わず笑い出しそうになるのを堪えつつ、班目は一里之の意見に賛同する。
「まぁ、今回は一里之君達にも協力していただきましたし、良かったら大海君にも声をかけて【花レス】にでも行きますか。もちろん、私のおごりということで」
班目の提案に喜ぶ一里之と愛。大海を呼ぶために一里之が階段を駆け上がり、はしゃぎすぎるなと愛が大声で一里之の背中に忠告を飛ばす。千早は顔を上げると「いいのですか?」と問うてくる。このような時は、やっぱりまだまだ高校生なのだな――と思う。
「こういう時は、素直に大人からご馳走になるものですよ」
班目はそう言うと、その白い歯を見せ、ちょっとだけ格好をつけて笑みを浮かべたのであった。
――もし、件の【花レス】に【あの人の誕生日に花束を、そして愛の終わりに裏切りを】という、国産牛のステーキをメインにした1万円ほどのメニューがあるということを知っていたら、あのまま解散していただろうとは、財布の中が見事にすっからかんとなった某刑事の言葉だとか。
班目の目的は商品を買い取ってもらうことではない。それは千早だって分かりきっているだろうに、形式上はこのようなやり取りをしなければならない。査定手数料という料金の発生を明確にするためのプロセスの一環といえよう。
「査定手数料に関しては、後日お店までお持ちします。それでよろしいですかね?」
何度も千早の力を借りている班目にとって、このやり取りの流れは完全に把握済み。相場はおおよそ買い取り金額の半額。それに色をつけるかどうかは、依頼者次第である。となると、いくらとまではいわないが、おおよそ8枚といったところか。彼女の家庭事情は詳しく知らないが、確か祖母と2人暮らしだったはず。これだけが収入ではないだろうし、実際のところどうやって生活しているのかまで首を突っ込むつもりはないが、彼女の仕事が生計の足しになっていることは間違いなかった。
「買い取りをやめるのであれば、それで結構です。では班目様、またのご来店、ご利用をお待ちしております」
千早はそう言って頭を下げる。この辺りのやり取りもまた、店と客という立場の違いから生じるものなのだろうが、世話になっているのはこっちのほうだし、むしろ頭を下げるのもこちらのような気がする。班目は慌てて「いえいえ、こちらこそまた寄らせてもらいます」と、頭を下げた。
「うーん、今回もばっちり解決ってやつだな。猫屋敷、古物商なんかじゃなくて探偵でも始めたほうが、今より儲かるんじゃね?」
デリカシーのかけらもへったくれもない一里之の発言。彼女は別に探偵をやりたくてやっているわけではないということを理解していないらしい。
「いえ、私――あのお店が好きなので。それに、おばあちゃんの代まで続いてきたお店を、私の代で終わらせたくもないですし」
猫屋敷古物商店。その歴史がどれだけのものなのかは知らないが、あの店が好きという彼女の言葉に嘘偽りはないのだろう。
「ふーん、そっか。っていうかさ、腹減らね? どっかで食って帰ろうぜ」
自分で話を振っておきながら、素っ気なく返す辺りもまた、キングオブデリカシーのない男選手権優勝候補だと言えよう。しかも、話を急に切り替えて夕食の話ときたものだ。その言葉がトリガーだったのであろう。どこかで腹の虫が鳴いた。なぜだか、うつむいた千早が頬を真っ赤に染めていた。思わず笑い出しそうになるのを堪えつつ、班目は一里之の意見に賛同する。
「まぁ、今回は一里之君達にも協力していただきましたし、良かったら大海君にも声をかけて【花レス】にでも行きますか。もちろん、私のおごりということで」
班目の提案に喜ぶ一里之と愛。大海を呼ぶために一里之が階段を駆け上がり、はしゃぎすぎるなと愛が大声で一里之の背中に忠告を飛ばす。千早は顔を上げると「いいのですか?」と問うてくる。このような時は、やっぱりまだまだ高校生なのだな――と思う。
「こういう時は、素直に大人からご馳走になるものですよ」
班目はそう言うと、その白い歯を見せ、ちょっとだけ格好をつけて笑みを浮かべたのであった。
――もし、件の【花レス】に【あの人の誕生日に花束を、そして愛の終わりに裏切りを】という、国産牛のステーキをメインにした1万円ほどのメニューがあるということを知っていたら、あのまま解散していただろうとは、財布の中が見事にすっからかんとなった某刑事の言葉だとか。
0
お気に入りに追加
180
あなたにおすすめの小説
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―
鬼霧宗作
ミステリー
窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。
事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。
不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。
これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。
※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

靴を落としたらシンデレラになれるらしい
犬野きらり
恋愛
ノーマン王立学園に通う貴族学生のクリスマスパーティー。
突然異様な雰囲気に包まれて、公開婚約破棄断罪騒動が勃発(男爵令嬢を囲むお約束のイケメンヒーロー)
私(ティアラ)は周りで見ている一般学生ですから関係ありません。しかし…
断罪後、靴擦れをおこして、運悪く履いていたハイヒールがスッポ抜けて、ある一人の頭に衝突して…
関係ないと思っていた高位貴族の婚約破棄騒動は、ティアラにもしっかり影響がありまして!?
「私には関係ありませんから!!!」
「私ではありません」
階段で靴を落とせば別物語が始まっていた。
否定したい侯爵令嬢ティアラと落とされた靴を拾ったことにより、新たな性癖が目覚めてしまった公爵令息…
そしてなんとなく気になる年上警備員…
(注意)視点がコロコロ変わります。時系列も少し戻る時があります。
読みにくいのでご注意下さい。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる