猫屋敷古物商店の事件台帳

鬼霧宗作

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査定3 おばけマンションの人喰いエレベーター【解答編】

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「いや――今回はやっぱりやめておきます」

 班目の目的は商品を買い取ってもらうことではない。それは千早だって分かりきっているだろうに、形式上はこのようなやり取りをしなければならない。査定手数料という料金の発生を明確にするためのプロセスの一環といえよう。

「査定手数料に関しては、後日お店までお持ちします。それでよろしいですかね?」

 何度も千早の力を借りている班目にとって、このやり取りの流れは完全に把握済み。相場はおおよそ買い取り金額の半額。それに色をつけるかどうかは、依頼者次第である。となると、いくらとまではいわないが、おおよそ8枚といったところか。彼女の家庭事情は詳しく知らないが、確か祖母と2人暮らしだったはず。これだけが収入ではないだろうし、実際のところどうやって生活しているのかまで首を突っ込むつもりはないが、彼女の仕事が生計の足しになっていることは間違いなかった。

「買い取りをやめるのであれば、それで結構です。では班目様、またのご来店、ご利用をお待ちしております」

 千早はそう言って頭を下げる。この辺りのやり取りもまた、店と客という立場の違いから生じるものなのだろうが、世話になっているのはこっちのほうだし、むしろ頭を下げるのもこちらのような気がする。班目は慌てて「いえいえ、こちらこそまた寄らせてもらいます」と、頭を下げた。

「うーん、今回もばっちり解決ってやつだな。猫屋敷、古物商なんかじゃなくて探偵でも始めたほうが、今より儲かるんじゃね?」

 デリカシーのかけらもへったくれもない一里之の発言。彼女は別に探偵をやりたくてやっているわけではないということを理解していないらしい。

「いえ、私――あのお店が好きなので。それに、おばあちゃんの代まで続いてきたお店を、私の代で終わらせたくもないですし」

 猫屋敷古物商店。その歴史がどれだけのものなのかは知らないが、あの店が好きという彼女の言葉に嘘偽りはないのだろう。

「ふーん、そっか。っていうかさ、腹減らね? どっかで食って帰ろうぜ」

 自分で話を振っておきながら、素っ気なく返す辺りもまた、キングオブデリカシーのない男選手権優勝候補だと言えよう。しかも、話を急に切り替えて夕食の話ときたものだ。その言葉がトリガーだったのであろう。どこかで腹の虫が鳴いた。なぜだか、うつむいた千早が頬を真っ赤に染めていた。思わず笑い出しそうになるのを堪えつつ、班目は一里之の意見に賛同する。

「まぁ、今回は一里之君達にも協力していただきましたし、良かったら大海君にも声をかけて【花レス】にでも行きますか。もちろん、私のおごりということで」

 班目の提案に喜ぶ一里之と愛。大海を呼ぶために一里之が階段を駆け上がり、はしゃぎすぎるなと愛が大声で一里之の背中に忠告を飛ばす。千早は顔を上げると「いいのですか?」と問うてくる。このような時は、やっぱりまだまだ高校生なのだな――と思う。

「こういう時は、素直に大人からご馳走になるものですよ」

 班目はそう言うと、その白い歯を見せ、ちょっとだけ格好をつけて笑みを浮かべたのであった。

 ――もし、件の【花レス】に【あの人の誕生日に花束を、そして愛の終わりに裏切りを】という、国産牛のステーキをメインにした1万円ほどのメニューがあるということを知っていたら、あのまま解散していただろうとは、財布の中が見事にすっからかんとなった某刑事の言葉だとか。
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