猫屋敷古物商店の事件台帳

鬼霧宗作

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査定1 家族記念日と歪んだ愛憎【解答編】

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「いや、申しわけありませんが、やっぱり売るのはやめておきましょうかねぇ」

 班目が持ち込んだものは、権限とコネを使って持ち出した大事な証拠品だ。当たり前だが、そんな大事なものを売るわけにはいかない。言い方は悪いかもしれないが、最初から売る気などさらさらなかったのである。

 班目は財布を取り出すと、その中身を確認する。

「えっと、その場合の査定手数料は――おいくらでしたっけ?」

 こんな山あいにあって、決して立地が良いというわけでもなければ、客がばんばんと入るような雰囲気でもない。置いてある品物を売る気など最初からないようだが、買い取りだけはしているという古物商店。その店が存続しているのは、彼女なりの割り切ったビジネススタイルがあるからなのだと思う。

 いわくの買い取りを専門で行い、おそらく買い取りの契約が成立すれば、本当に彼女は言い値で買い取るのであろう。しかし、契約が成立しなかった場合は、しっかりと査定手数料を取る。良くも悪くも潔いスタンスで、この【猫屋敷古物商店】は回っているのだ。いつからそのようなことを始めたのかは知らないが、少なくとも班目と千早はれっきとしたビジネスパートナーだった。ただそこには本音と建て前があるわけだが。

「そちらのお気持ちで結構です。しかし、こちらも慈善事業でやっているわけではありませんので――」

 班目は小さく頷くと「では、これで……」と、万札を5枚重ねて差し出した。買い取りの見積もり額が10万円ならば、その半額の5万円くらいが相場であろう。あくまでも班目の中での相場ではあるが。

 班目の差し出したお金を両手で受け取ると、枚数を確認してからカウンターの隅へと向かう千早。カウンターの隅っこには古びたレジスターがあり、受け取ったお金はレジスターの中へとしまわれる。レジスターが開く時の「チン」という音が、古く味のあるような音で、なんだか妙に懐かしい。

「領収書のほうは――」

「や、結構です」

 持ち出してはならない証拠品を持ち出し、一般人である彼女に事件の情報を漏らして、事件を解決に導く答えを買ったようなものなのだ。彼女とのやり取りの証拠になり得るものは必要ない。

「そうですか。では、またなにかお売りいただける品がござまいしたら、当店までお持ちください」

 そう言うと千早は深々と頭を下げる。班目も軽く頭を下げると「その時はまたよろしくお願いします」と言い残し、店を後にしようとする。しかし、店の出入り口はシャッターに閉ざされてしまっていた。

「あ、お帰りの際はそちらの勝手口からお願いします」

 そう言って、カウンターの脇にある古びた扉のほうへと手を差し出す千早。班目は勝手口の前で振り返ると会釈をする。彼女は「またのお越しをお待ちしております」と、班目を見送ってくれた。

 外はすっかりと暗くなっており、春先の夜の空気はひんやりと冷たい。澄み切った空には星空が輝いていた。
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