猫屋敷古物商店の事件台帳

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
20 / 226
査定1 家族記念日と歪んだ愛憎【解答編】

6

しおりを挟む
 班目の質問は想定内だったのであろう。あらかじめ答えを用意していたかのごとく、やや早口になる千早。表情は変わらないが、少しばかり興奮しているように見えた。自然と上半身がカウンターから前のめりになっているのも良い証拠だろう。

「そこで振り返るべきは、ひとつめのポイントです。日記が始まったのは最愛の娘が16歳の誕生日を迎えた時です。つまり、家族記念日は最愛の娘の誕生日ということになります。ここで改めて考えてみます。どうして被害者は最愛の娘が16歳の誕生日を迎えた際に、キリが良いと記述したのでしょうか?」

 店の前を一台の車が通り過ぎる音が聞こえる。春先の夜冷えは真冬の真夜中のような寂しさを伴っているように思える。彼女のプライベートは良く知らないが、この店舗兼住宅らしき場所で一人暮らしなのだろうか。少なくとも家族の存在を見たことはない。改めて彼女という存在自体がミステリアスであることを認識しつつ、班目は口を開く。

「――さて、どうしてなんでしょうねぇ?」

 事件を持ち込んでおきながら、もっとも美味しいところを持っていくほど班目も馬鹿ではない。ここはあくまでもワトスン役に徹して、是非とも査定を終えた彼女にお任せしたいところだ。

「誕生日は毎年必ずやってきます。しかしながら、世の中には毎年同じ日に誕生日を祝えない方がごく少数ながらいます。こう言えばお分かりですか?」

 こちらはワトスン役に徹し、彼女に華を持たせようとしているのであるが、空気を読んでくれず班目に答えさせようとする千早。班目は少しばかり間を置いてから、さも今になって答えにたどり着いたかのような振りをした。

「――そうか、最愛の娘の誕生日であり、また家族記念日でもあったのは、4年に一度しかない2月29日だったってことですか」

 家族記念日は2月の29日。4年に一度しか訪れない特殊な1日だったのだ。

「はい。最愛の娘にとって16歳の誕生日は、4度目の2月29日だったんです。それ以外の年は、誕生日をするにしても2月28日か3月1日に行っていたのでしょう。純粋に2月29日に誕生日を祝える年だったからこそ、被害者はキリが良いと表現したんです。そして、被害者は正真正銘の2月29日に行った家族記念日のみをカウントして、日記に残していたんです。そう考えればキンモクセイのことも解決です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

処理中です...