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査定1 家族記念日と歪んだ愛憎【問題編】
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急に被害者の声が落ち着いた様子になる。いいや、恐怖に満ちた声に変わっただけなのかもしれない。それと同時に最初は遠慮がちに――そして果てには乱暴に扉が開け放たれる音が聞こえた。
『あぁぁぁぁぁぁぁっ! 愛していたのはお前だけなのに、どうして私を殺そうとする? そ、そうか。お前は私の娘の顔をした悪魔なのだな? そうに違いない! わ、私の最愛の娘が私を殺そうとするはずないのだから!』
落ち着いた口調から一転して、混乱極まりかねない声を上げる被害者。精神的に変調をきたし、とうとう悪魔などという言葉を引っ張り出す。
何かが倒れる音、揉み合うような音、男の低いうめき声――様々な音がした後、誰かが走り去る足音が徐々に小さくなって行き、そこには静寂だけが残った。
「もしもし――もしもしっ! 大丈夫ですか?」
受話器の向こうで起きたことに、しばくの間だが固まってしまっていたのだろう。ようやく電話口に向かってオペレーターが問いかけるが、しかし静寂だけがしばらく続いた後、レコーダーは再生を終えた。
「これが容疑者を3人の娘とした根拠です。後の調べでも裏付けが取れているのですが、どうやら被害者は3人の娘のうち1人だけを溺愛していたようです。もちろん、表向きは3人とも同じように接していたようですがねぇ」
レコーダーをポケットにしまいつつ言うと、千早は日記帳から目を離して顔を上げる。
「被害者は溺愛していた娘に殺害されたと――。では、誰が被害者から溺愛されていたかさえ判明すれば、おおよそのお値段をつけることができそうですね」
はっきり言って、彼女の査定の基準というものはさっぱり分からない。しかしながら、事件という面で考えれば、彼女の言っていることはおおむね間違いではない。まだ彼女には伝えていないが、3人の娘にはそれぞれ動機がある。うち1人は被害者に溺愛されていたようだが、しかし3人揃って動機が存在する。ゆえに、誰が被害者から溺愛されていたかさえ分かれば、おのずと事件の犯人も分かるだろう――というのが、現時点での警察の見解だ。もっとも、それが誰なのか分からないから捜査も行き詰まっているわけだが。
容疑者となった3人に事情聴取をしたものの、誰一人として被害者から愛されていたと認めた者はいなかった。むしろ、自分は愛されていなかった――と、3人揃って答えたくらいだ。
「えぇ、誰が溺愛されていたか分かれば――の話ですけど」
班目の言葉に、千早は開いたままだった日記帳を閉じ、それを両手で持ち上げる。ハードカバーの表が班目に見えるような形でだ。
「それはきっと、この日記帳の中に答えがあるかと。まだざっと目を通しただけですが、おそらく誰が被害者に溺愛されていたかは分かると思いますよ」
実にあっさりとした千早の物言いに、班目は拍子抜けしてしまった。まさか、今の話を聞いた上で、ざっと日記帳に目を通しただけなのに、もう彼女には答えが見えたのであろうか。
「もうほとんど査定は終わっていますが、今一度確認のため、日記帳のほうを改めさせていただきます。もう少しばかり、お時間をいただければと思います」
千早はカウンターの中から小さなケースのようなものを取り出す。その中には何が入っている班目は知っていた。そしてまた、彼女がそれを取り出す時は、なかば査定が終わりつつあるということも知っている。
ケースの蓋を開けると千早が取り出したのは、チェーンのついた片眼鏡。モノクルと呼ばれるものだった。それを左目へとつけると、日記帳へと視線を落とす。
「えぇ、気長に待ちますよ――。どうぞ納得行くまで査定してください」
そんな彼女を姿を尻目に、班目は煙草を取り出そうとして店が禁煙だったことを思い出し、渋々と煙草ケースをポケットの奥に押し込んだのであった。
『あぁぁぁぁぁぁぁっ! 愛していたのはお前だけなのに、どうして私を殺そうとする? そ、そうか。お前は私の娘の顔をした悪魔なのだな? そうに違いない! わ、私の最愛の娘が私を殺そうとするはずないのだから!』
落ち着いた口調から一転して、混乱極まりかねない声を上げる被害者。精神的に変調をきたし、とうとう悪魔などという言葉を引っ張り出す。
何かが倒れる音、揉み合うような音、男の低いうめき声――様々な音がした後、誰かが走り去る足音が徐々に小さくなって行き、そこには静寂だけが残った。
「もしもし――もしもしっ! 大丈夫ですか?」
受話器の向こうで起きたことに、しばくの間だが固まってしまっていたのだろう。ようやく電話口に向かってオペレーターが問いかけるが、しかし静寂だけがしばらく続いた後、レコーダーは再生を終えた。
「これが容疑者を3人の娘とした根拠です。後の調べでも裏付けが取れているのですが、どうやら被害者は3人の娘のうち1人だけを溺愛していたようです。もちろん、表向きは3人とも同じように接していたようですがねぇ」
レコーダーをポケットにしまいつつ言うと、千早は日記帳から目を離して顔を上げる。
「被害者は溺愛していた娘に殺害されたと――。では、誰が被害者から溺愛されていたかさえ判明すれば、おおよそのお値段をつけることができそうですね」
はっきり言って、彼女の査定の基準というものはさっぱり分からない。しかしながら、事件という面で考えれば、彼女の言っていることはおおむね間違いではない。まだ彼女には伝えていないが、3人の娘にはそれぞれ動機がある。うち1人は被害者に溺愛されていたようだが、しかし3人揃って動機が存在する。ゆえに、誰が被害者から溺愛されていたかさえ分かれば、おのずと事件の犯人も分かるだろう――というのが、現時点での警察の見解だ。もっとも、それが誰なのか分からないから捜査も行き詰まっているわけだが。
容疑者となった3人に事情聴取をしたものの、誰一人として被害者から愛されていたと認めた者はいなかった。むしろ、自分は愛されていなかった――と、3人揃って答えたくらいだ。
「えぇ、誰が溺愛されていたか分かれば――の話ですけど」
班目の言葉に、千早は開いたままだった日記帳を閉じ、それを両手で持ち上げる。ハードカバーの表が班目に見えるような形でだ。
「それはきっと、この日記帳の中に答えがあるかと。まだざっと目を通しただけですが、おそらく誰が被害者に溺愛されていたかは分かると思いますよ」
実にあっさりとした千早の物言いに、班目は拍子抜けしてしまった。まさか、今の話を聞いた上で、ざっと日記帳に目を通しただけなのに、もう彼女には答えが見えたのであろうか。
「もうほとんど査定は終わっていますが、今一度確認のため、日記帳のほうを改めさせていただきます。もう少しばかり、お時間をいただければと思います」
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ケースの蓋を開けると千早が取り出したのは、チェーンのついた片眼鏡。モノクルと呼ばれるものだった。それを左目へとつけると、日記帳へと視線を落とす。
「えぇ、気長に待ちますよ――。どうぞ納得行くまで査定してください」
そんな彼女を姿を尻目に、班目は煙草を取り出そうとして店が禁煙だったことを思い出し、渋々と煙草ケースをポケットの奥に押し込んだのであった。
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