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第3問 過去は明日と同じ夢を見るか【解答編】

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 司馬の時は直接部屋に向かって殺害。そして、数藤の時は毒を用いての間接的な殺害。あちらがどんな手段に出るのか分からないため、意外とバリケードのような原始的な手段がオールマイティーだったりする。九十九はソファーのうえに、カップ麺などが中心の食糧を放り投げると、長谷川とは反対側の脚を持ち上げた。1人では片方の脚を引きずらなければならないほどの重さだが、2人いれば案外簡単に持ち上がるようだ。

「いつ楽屋にロックがかかってもおかしくない時間だ。急ぐぞ」

 九十九と長谷川。ここに来て共同作業と相まったが、やはりどこか心の奥底で探り合いをしているような気がして嫌だった。人数が減れば減るほど、黒幕の正体も絞られてくる。しかも、九十九の予想通り、長谷川の職業は刑事だった。これで全面的に信頼しろというのは無理な話だった。同様に、長谷川も完全に背中を任せてくれているわけではない。それは、空気でひしひしと伝わってきた。

 柚木の楽屋の前に到着すると、一度ソファーを床に下ろす。長谷川がノックをした。

「伊良部さん。とっておきのものを持ってきた。悪いがドアを開けてもらえないか?」

 とっておきのもの――が、おそらく柚木の楽屋の中にもあるだろうソファーであることは置いといて、この状況で護衛がつくというのは、彼女にとって完全にプラス要素であり、マイナス要素はなにひとつないはず。

「おーい、伊良部さん」

 最初のノックでは反応なし。九十九と顔を見合わせた長谷川が、今度はやや強めに扉を叩いた。――反応なし。

「おいおい、まさか……」

 嫌な予感が頭をよぎった。もしかしたら、このほんの短時間で柚木は殺されてしまったのではないか。九十九はドアノブへと手を伸ばした。楽屋のロックは基本的に番組側が操作しており、楽屋の主の意思で開けたり閉めたりできるわけではない。当然ながら、柚木の部屋はロックがかかっていない状況。ドアノブさえひねれば楽屋の中に入ることができる。

 九十九の手がドアノブに触れるか触れないかというところで、急にドアノブが回ってドアが開く。そこには柚木が立ち尽くしていた。顔を上げた柚木は――なんともおそろしい表情を浮かべていた。頬は涙で濡れているが、しかし顔は鬼の形相のごとく歪み、その眼球は血走っている。

「おい、伊良部――どうした?」

 柚木が無事だったことに安堵した途端、柚木が両手を勢い良く九十九のほうへと突き出してくる。まさか、彼女からそんなことをされると思っていなかった九十九は反応が間に合わず、柚木に突き飛ばされる形で尻餅をついた。言い訳ではないのだが、女性とは思えない力だった気がする。
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