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第3問 過去は明日と同じ夢を見るか【出題編】

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 首吊りらしきものが見えたのは、一番左端の部屋。フロントの前を駆け抜けた2人はもう一度廊下を折れ曲がると、ずらりと並ぶ扉の中からもっとも手前の扉の前で立ち止まる。ここまでざっと1分もかかっていないことだろう。

 2人はアイコンタクトを交わすと、代表して【A】がドアノブに手を伸ばす。再現映像としての作りは粗いが、中々臨場感が出ていた。

『駄目だ、鍵がかかってる』

 どうやら部屋には鍵がかかっているらしい。ならばとばかりに【A】は扉に体当たりをする。この辺りは実にミステリー劇場定番であるが、体当たりごときで鍵のかかった部屋の扉が開いてしまったら、世間は空き巣天国になる。そうそう都合良く鍵が壊れて扉が開くなんてことはない。

 駆け抜けながらも口頭で物騒なことを伝えておいたから、動かざるを得なかったのであろう。フロントマンが2人の元へと駆けつける。

『お、お客様! その、先ほどのお言葉は、どういう意味なのでしょうか?』

 あえて確認しようとしたのは、それがあまりにも非現実的で聞き慣れないものだったからだろう。――人が首を吊っている。【C】が放った一言は、日常生活において中々聞けるものではない。

 やろうと思えば、ナレーションに頼らずとも登場人物の心情を表現できるではないか。相変わらず酷い作りの再現映像であるが、少しばかり見直す九十九。再現映像は淡々と続く。

『そのままの意味です。この部屋の中で人が首を吊っているのが見えたんですよ!』

 【A】が言うと、やや困ったような表情を見せるフロントマン。自分が当番の時にとんでもないことになった――との心情が伝わってくる理由が分かった。フロントマンを演じている役者が上手いのだ。もっとも、主演の【A】達に比べたらであるが。

『か、かしこまりました! マスターキーをお持ちします!』

 そう言ってフロントへと戻るフロントマン。鍵のかかった部屋、そしてマスターキーなどというワードが出てきたら、もう密室殺人しか連想できない。ベタベタのミステリー劇場である。

 フロントマンが駆けて行った直後のこと。カチャリと小さく音がすると、問題の部屋の隣の部屋の扉が少しだけ開き、中から女性が顔を出した。部屋の中からうっすらと漏れる淡い光に映し出された顔は、化粧っ気のないものだった。就寝していたのだから化粧っ気がなくて当然なのであるが、それにしても貧相に見えた。

『あの、どうかしたの?』

 それが、フロントマンの帰りを待つ2人に向けられた、女性の第一声だった。
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