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第2問 虚無の石櫃【エピローグ】

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 満足げに、大きく吐息を吐き出す数藤。そこに恍惚な表情を浮かべたかと思ったら、急に真顔になる。

「……うっ」

 数藤は苦しげな声を上げ、胸の辺りをおさえながら前屈みになる。シャンパンに良からぬものが入っているかもしれない――そう疑っていた九十九からすれば、それは招かれるべくして招かれた事態というか、当たり前の結果だった。

「おい、おっさん! どうした?」

 他人のことには興味がないし、自分以外がどうなろうと知ったことではないが、さすがに目の前の人間に異変が起きているのに、知らんぷりを決めることができるほど九十九も無情ではない。今にも倒れそうになっている数藤を支えるべく、足を踏み出すと、当の本人がぴたりと動きを止める。そして急に笑い出した。

「くくくくくくっ……はっはっはっはっはっ! ジョークだよ、ジョーク。もしかして私が毒でも盛られたのかと思ったのかね? いやぁ、それにしても意外だ。君にも人のことを心配する心があるらしい。しかも、相手が例えこの私であってもだ」

 数藤は過去に人を殺し、そして第2問で他の解答者達を出し抜こうとまでした。これまでの立ち振る舞いも加味して、自分が快く思われていないことくらい承知しているのだろう。ある意味、潔いとは思う。こんな馬鹿げた冗談をやってみせるのは、どうかと思うが。

「てめぇ、笑えねぇ冗談は冗談じゃねぇんだよ――。それに、別におっさんのことを心配したわけじゃねぇ。今この場でおっさんが死にでもしたら、近くにいた俺が真っ先に疑われることになる。おっさんと違ってよ、俺達にはまだ先があるんだ。変に疑心暗鬼が起こるような状況を作りたくねぇんだよ」

 この場で数藤に死なれてしまうと、真っ先に自分へと疑いがかかってしまう。もちろん、数藤を心配しなかったわけではない。雀の涙程度ならば、そのような気持ちもあったことだろう。しかし、あえてそれは言わず、利己的な理由のみを並べ立てた。

「――そうかね。まぁ、それくらいドライなほうが私としてもやりやすい。お互いの感情は抜きにして、ビジネスライクにやろうじゃないか」

 数藤はそう言うと、またしてもグラスにシャンパンを注ぎ、それを一気に飲み干した。まるでやけ酒をあおっているかのように見える。

「で、具体的に何をどうして欲しい? おっさんの話に乗るかどうかは、それを聞いてから決める」

 別に1千万円の小切手が欲しいわけではない。実際に現金化できるかも分からないし、今のところ単なる紙切れに過ぎないのだから。けれども、降板という結果を突きつけられた数藤に手を貸すことは、きっとマイナスのことばかりではないと九十九は考えていた。もちろん、個人的な感情としては、数藤と手を組むなどまっぴらごめんであるが。
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