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第2問 虚無の石櫃【プロローグ】

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「やっぱり、消防を呼んだほうが良くないですか? もし、この中にいるのだとすれば、僕達ではどうにもできないですよ」

 双子の兄のほうが石櫃を見上げる。

「そこに転がっている梯子じゃ、残念ながら長さがまるで足りないしね」

 今度は双子の妹のほうが、石櫃のかたわらに視線をやる。そこには、伸縮式の梯子が転がっていた。もちろん、最大限まで梯子を伸ばしたところで、石櫃の頂点にたどり着くには長さが足りない。中が空洞になっているという正方形のコンクリートの塊――いいや、飾り気のない塔は、その無機質すぎる姿に、なにかしらの不気味さを携えていた。実際に死者が弔われているわけではないだろうに、なるほど石櫃とは、的を射たネーミングである。

「なんにせよ、自分達だけではどうにもできない。どう考えても20メートルもの梯子なんてものはないだろうし、仮にあってもここまで持ってくることは難しい。それに、梯子をのぼったところで、石櫃の中を覗き込むことがせいぜいで、牧村君に何かあったとしても手出しができない。ここは消防に頼るべきだ」

 ここは何もない高原。しかも、目の前にある石櫃は高さが20メートル。土管のような形の石櫃は、中が空洞になっている。もちろん、出入り口なんて作られていない。唯一あるとすれば、石櫃のてっぺん――天井部分のみ。さすがのサンタクロースも、この無機質で文字通り虚無の煙突には入ろうとしないだろう。とどのつまり、牧村と一緒にこの地を訪れたゼミ生達には、なすすべがないということだ。

 携帯の着信音は相変わらず鳴り響いている。しかも、誰がどう聞いても、やはり石櫃の中から聞こえていた。地上からの出入り口はなく、唯一石櫃の中に入れる出入り口は、ぽっかりと空いているであろう石櫃のてっぺんのみ。当然だが、辺りに石櫃より高い建物は建っておらず、また木々の高さもそれには及ばない。それなのになぜ――牧村の携帯が石櫃の中にあるのか。なにも答えず、ただそびえ立つばかりの石櫃に、誰もが不安感を抱いていたであろう。そう――実際に牧村の行方と、その顛末を知っていた人物を除いて。

 ――ゼミ生達の通報により消防及びレスキュー隊が出動。大切な芸術作品に傷をつけて欲しくない町側と揉めた結果、消防のほうが折れ、ヘリコプターを導入して石櫃の中に降りるという手段で合致した。

 石櫃の真上から降下し、そのまま石櫃の中へと身を投じたレスキュー隊が見たのは――首をあらぬ方向へと曲げて絶命していた牧村の姿であった。
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