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第1問 理不尽な目覚め【解答編】

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「お前――たまに右手首に視線を落とす癖があるよな? あれ、もしかして普段は、視線を落とすべき何かがあるからじゃねぇのか?」

 もはや事実上の敗北宣言をしてしまっている司馬に向かってトドメを刺しにいく九十九。このスタジオに入ってから、司馬は自分の右手首に視線を落とすという仕草を何度か見せていた。その仕草の正体こそが、九十九のなかでは決定打に繋がった。

「ここに来た際に、財布やらスマートフォンが綺麗さっぱり没収されていた。俺は普段から身につけていないから分からないが、この中にいないか? 身につけていたはずの腕時計が没収されていた人間は」

 司馬は九十九のほうを見ようとしない。一種の現実逃避であるかのように、微動だにせず、じっと前を見据えている。九十九の言葉にピクリとも反応を見せなかった。この状態が、もしかすると放心状態というやつなのかもしれない。

「あ、私がそうです。ここに来る前は、確かに身につけていたはずの腕時計がありませんでした」

 高校教師という職業柄、時間には人一倍気を遣わねばならない立場にあるのだろう。柚木が手を挙げる。それに続いて数藤と長谷川も手を挙げた。スマートフォンという便利なツールが普及したおかげで、そもそも腕時計を身につける人自体が減っているのかもしれない。もっとも、九十九のように時間に縛られる必要のない人間もまた、わざわざ腕時計など身にはつけないが。

「おら、お前も手を挙げろよ。普段から右手首につけているはずの腕時計がなくなっていました――てよ。日常的に右手首に腕時計を身につけているからこそ、右手首に視線を落とす癖がついたんだろ?」

 司馬に向かって言うが、やはり反応はみられない。何も受け付けないかのごとく、ただただ前方をぼんやりと眺めているだけ。本人の反応がないというのは面白くないが、このまま決着をつけさせてもらおう。反応がなくとも、完膚なきまでに叩き潰す。

「普通、右利きの人間は左手首に腕時計をつけるわな。そりゃ、右手を使ったほうが装着しやすいから当然だ。でも、お前は右手首に腕時計をつけていたんだ。しかも日常的にな。その理由はいたって明確。お前が右利きじゃなくて左利きだから。利き手の左手を使ったほうが装着しやすいから、お前は右手首に腕時計を装着していた。まぁ、普段からの癖ってのは怖いねぇ。つけてもいないはずの腕時計を、何度も確認しようとしたんだからよ」
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