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第1問 理不尽な目覚め【出題編】

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 改めて手に取った紙コップ。あまり冷えてはいない、ごくごく普通のお茶は、控えめに言っても美味かった。このような異常な状況下に置かれていながら、どこか日常との接点を感じさせる味といったところか。いや、単純に喉が渇いていただけというのもあるのだが、とにもかくにも美味かった。長谷川なんて、手酌で3杯目を飲み干したところだ。

「おい! そんなところにいないで、こっちで休憩しないか? 気を張っているばかりじゃ、どうしようもならないからな」

 長谷川が九十九達に声をかけるが、しかし九十九と凛は動こうとしない。眠夢が起きる気配もなさそうだ。

「水分ならまだ足りてんなぁ――。というか、良くそんな得体の知れねぇもんを口にできるなぁ」

 感心するかのような言い方をしておきながら、人を馬鹿にしたような物言いは、きっと彼の本心を現しているのだろう。だからこそ、こちらは長谷川と数藤が飲み物に口をつけ、安全なことが確認できてから、ようやくお茶を口につけたというのに。

「凛もダイエットしてるからいいや」

 この状況でダイエットを引き合いに出すとは、良くも悪くも度胸が据わっていると思う。いいや、それくらい図太くなければ、アイドルなんて商売はできないのかもしれない。

 水分の補給のみが目的だったのか、ペットボトルを丸々1本飲み干した数藤は、何も言わずにさっさと解答席へと戻ってしまった。それと入れ違いになるような形で、トイレに行っていた高校教師の柚木とOLのアカリがやってくる。水分補給はもちろんのこと、これまで誰も手をつけていなかった個包装の菓子へと手を伸ばした。きっと両名からすればまるで抵抗などないのであろう。学校の教員室や、会社の応接室なんかに、このように個包装の菓子類が置いてある印象が強いわけだし。

「――おい、そこまで休憩時間は長くねぇ。お前ら、ちょっと今の状況理解できていなくないか? 得体の分からないところに連れてこられて、わけの分からないことをやらされてるんだぜ? ちょっとは緊張感持てよ」

 ほんの少し休憩をしただけなのに酷い言われようである。こちらとしては、その議論に参加しないなんて言うつもりはないのだから、もう少し大目に見てくれても良いようなものなのに。

「あいつは何様なんだよ。あいつはよ――」

 やはり九十九が周囲に与える印象というのは、決して良いものではないらしい。長谷川はぶつぶつと呟きながら解答席に向かって歩き出した。それに続いて柚木とアカリも歩き出す。
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