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第1問 理不尽な目覚め【出題編】

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「ビジネスホテルにしちゃあ、随分とサービスが行き届いていないがな。ベッドが固いビジネスホテルはざらにあるが、寝床がソファーにまで格下げされたところは見たことがない」

 小野寺がビジネスホテルと例えたのは、あくまでもユニットバス内部のことだったのであるが、出雲は全体的に捉えた意見をあげる。ソファーがベッド代わりのビジネスホテル――まず商売として成り立たないであろう。

 出雲に意見をして、へそを曲げられてはかなわない。小野寺は適当に「まぁ、そんなホテルはあり得ませんよね」と相槌を打ちつつ、今度は左手側の扉へと手をかけた。順当に考えるであれば、この先が部屋の出入り口になっていなければおかしいのだが――。もしかすると鍵がかかっているのかもしれないと思いつつ回したドアノブは、しかしあっさりと回ってくれた。

 扉を開いてみると、良くも悪くも小野寺の予想とは異なる光景が広がっていた。部屋の外――というわけではなく、扉の先にはユニットバスと同じくらいの小部屋。両側に棚が並び、そして奥に扉が見える。まず目を引いたのは、棚の上にこれでもかとばかりに積まれたカップラーメンだった。ざっと見渡してみると、インスタント食品が目立つものの、食糧を中心に棚の中へと収められているようだ。冷蔵庫の中ではないから常温ではあろうが、飲み物のペットボトルなんかも見える。

「全部調べたわけじゃないが、食糧庫なんだろうな。まぁ、ビジネスホテルの中にあるインスタント食品の自販機といったところか。それだけの食い物があれば餓死することはないだろう」

 ユニットバスに食糧庫。分からないことだらけではあるが、ここで生活するためのベースは、一通り揃っているようだ。所狭しと棚に並べられて食糧を見る限り、2人でも数ヶ月は暮らせそうである。もっとも、そこまで長いこと、ここにいるつもりはないが。

「ケンさん、あんまりインスタント食品ばかり食べてると体にさわりますよ。もう若くないんですから――」

 そんなことを返しつつ、小野寺は食糧庫のさらに奥にある扉の前へ歩み寄る。現状、調べていない扉はこれだけになってしまった。この扉が部屋の出入り口であってくれなければ困る。そっとドアノブへと手を伸ばすと、祈るような思いでドアノブを回した。出雲が食糧庫の奥の扉のことに触れない時点で、結果は火を見るより明らかだった。小野寺の祈りは届かず、ドアノブは空回りをしてしまった。
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