92 / 94
4.答え合わせ
7
しおりを挟む
手負いの押木と宮澤。当然ながら、人間は誰だって死にたくないと思う生き物だ。どれだけ歳をとろうが、どれだけ人生を謳歌していようが、一生というものは飽くことがなく、それの終わりは誰だって拒みたくなる。
だが、我先にと解答室に走ったところで、恩田に狙い撃ちされるだけである。だから、盾になった。誰も譲らなければ、恩田に銃弾を浴びせられていたかもしれないが、押木と宮澤が盾になることで、亜由美だけは生かそうと考えた。
ここで全滅してしまえば、真実を知る者は誰もいなくなってしまう。だが、亜由美が生きてここを脱出してくれれば、ことの真相が明るみに出る可能性がある。
押木準と宮澤信次郎が、確かにここに存在したこと。この平和ボケした日本で、気の狂ったようなことが行われたこと。それに巻き込まれ、罪のない命が奪われてしまったこと。間宮さえ生き残ってくれれば、押木達の存在が揉み消されることはないだろう。
もちろん、一緒に外に出ることができるのであれば、それに越したことはなかった。でも、こうして誰かを守って死ぬのも悪くないと、不覚にも思ってしまった。あまりにも非現実的なことが連続したせいで、感覚が狂ってしまっているのかもしれなかった。
扉が開く音が聞こえ、続けて扉が勢いよく閉められた音が響く。亜由美がようやく決心してくれたのだ。押木と宮澤の想いを受けて、生き残る道を選んでくれたのである。
「押木君……。君はまだ若い。ここは私がなんとかするから、君も隙を見て解答室に……」
「宮澤さん、気持ちはありがたいけどさ――どうやらそれは無理みたいだぜ」
宮澤の言葉に、押木は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
押木の視線の先にあった扉……皮肉なことに解答室へと入ったばかりだった亜由美の部屋の扉が開き、そこから全ての元凶である女が姿を現した。今さら詮索するつもりはないが、どうせ天井裏と外がどこかで繋がっていて、自由に出入りしていたのであろう。
「ははっ……。こうなると逆に笑えてくるもんなんだなぁ。どうして同じ大学で教鞭をとっていただけの教授様と、その助手に殺されなきゃならないんだか。あぁ、ついてねぇなぁ。俺って本当についてねぇなぁ」
ようやく姿を現した高村理恵の笑顔に溜め息を漏らすと、押木はぶつぶつと呟きながら足を前に踏み出した。
もはや、ここまできて命乞いするつもりはなかった。宮澤の言葉を素直に受け取って、解答室へと走るつもりもなかった。ただ、決してただで死ぬつもりもなかった。なによりもここで宮澤を置いて逃げ出すなどという無様な真似だけはしたくなかった。
「本当についてねぇなぁ。周りの奴らは上手い具合に手を抜きながらさぁ、それでも人生を謳歌しててさぁ……なんで周りが上手くやってるのに、俺はいつもこうなんだろうな」
恐怖はなかった。今回の一件を仕組んだ恩田達に対する怒りも、不思議と沸かなかった。その代わり、ただただ情けなかった。
不幸な境遇にありながら健気に努力を続けたヒーローが、最後の最後で人生の大逆転を決めるのは物語の中だけの話である。普遍的でありきたりの物語だが、そもそも最後のハッピーエンドを際立たせるためにヒーローは窮地に立たされるだけであって、それすらもヒーローの成功を飾る布石でしかない。
現実は違うのだ。学生生活が充実しているわけでもなく、特定の恋人がいるわけでもなく、将来に希望を抱いているのでもなく、ただただ人生というものに辟易して疲れ切っているヒーローは、きっと最後までヒーローと呼ばれることなく死に行くものなのだ。
だが、我先にと解答室に走ったところで、恩田に狙い撃ちされるだけである。だから、盾になった。誰も譲らなければ、恩田に銃弾を浴びせられていたかもしれないが、押木と宮澤が盾になることで、亜由美だけは生かそうと考えた。
ここで全滅してしまえば、真実を知る者は誰もいなくなってしまう。だが、亜由美が生きてここを脱出してくれれば、ことの真相が明るみに出る可能性がある。
押木準と宮澤信次郎が、確かにここに存在したこと。この平和ボケした日本で、気の狂ったようなことが行われたこと。それに巻き込まれ、罪のない命が奪われてしまったこと。間宮さえ生き残ってくれれば、押木達の存在が揉み消されることはないだろう。
もちろん、一緒に外に出ることができるのであれば、それに越したことはなかった。でも、こうして誰かを守って死ぬのも悪くないと、不覚にも思ってしまった。あまりにも非現実的なことが連続したせいで、感覚が狂ってしまっているのかもしれなかった。
扉が開く音が聞こえ、続けて扉が勢いよく閉められた音が響く。亜由美がようやく決心してくれたのだ。押木と宮澤の想いを受けて、生き残る道を選んでくれたのである。
「押木君……。君はまだ若い。ここは私がなんとかするから、君も隙を見て解答室に……」
「宮澤さん、気持ちはありがたいけどさ――どうやらそれは無理みたいだぜ」
宮澤の言葉に、押木は苦笑いを浮かべて首を横に振った。
押木の視線の先にあった扉……皮肉なことに解答室へと入ったばかりだった亜由美の部屋の扉が開き、そこから全ての元凶である女が姿を現した。今さら詮索するつもりはないが、どうせ天井裏と外がどこかで繋がっていて、自由に出入りしていたのであろう。
「ははっ……。こうなると逆に笑えてくるもんなんだなぁ。どうして同じ大学で教鞭をとっていただけの教授様と、その助手に殺されなきゃならないんだか。あぁ、ついてねぇなぁ。俺って本当についてねぇなぁ」
ようやく姿を現した高村理恵の笑顔に溜め息を漏らすと、押木はぶつぶつと呟きながら足を前に踏み出した。
もはや、ここまできて命乞いするつもりはなかった。宮澤の言葉を素直に受け取って、解答室へと走るつもりもなかった。ただ、決してただで死ぬつもりもなかった。なによりもここで宮澤を置いて逃げ出すなどという無様な真似だけはしたくなかった。
「本当についてねぇなぁ。周りの奴らは上手い具合に手を抜きながらさぁ、それでも人生を謳歌しててさぁ……なんで周りが上手くやってるのに、俺はいつもこうなんだろうな」
恐怖はなかった。今回の一件を仕組んだ恩田達に対する怒りも、不思議と沸かなかった。その代わり、ただただ情けなかった。
不幸な境遇にありながら健気に努力を続けたヒーローが、最後の最後で人生の大逆転を決めるのは物語の中だけの話である。普遍的でありきたりの物語だが、そもそも最後のハッピーエンドを際立たせるためにヒーローは窮地に立たされるだけであって、それすらもヒーローの成功を飾る布石でしかない。
現実は違うのだ。学生生活が充実しているわけでもなく、特定の恋人がいるわけでもなく、将来に希望を抱いているのでもなく、ただただ人生というものに辟易して疲れ切っているヒーローは、きっと最後までヒーローと呼ばれることなく死に行くものなのだ。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
白い男1人、人間4人、ギタリスト5人
正君
ミステリー
20人くらいの男と女と人間が出てきます
女性向けってのに設定してるけど偏見無く読んでくれたら嬉しく思う。
小説家になろう、カクヨム、ギャレリアでも投稿しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
神暴き
黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。
神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる