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4.答え合わせ

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 由紀子が殺害された現場には、数点の問題点が残されていた。まず、返り血を浴びた後の処理。犯人が返り血を浴びているのだとすれば、衣服を着替えねばならない。しかし、この空間にいた人間に、それができたとは思えない。着替える時間もなかっただろうし、状況的に考えても不可能と言っていい。

 そもそも犯人が返り血の処理をしたような痕跡すらなかったのだ。返り血を浴びて、それを隠蔽するための細工をするのであれば、人目につかないように個室で処理をしなければならない。なんせ、押木と亜由美がいつ戻ってくるのか分からない状態だったし、宮澤と杏奈は遺体の近く寝息を立てていたのだから。だが、由紀子の遺体から個室に向ったような痕跡さえ残っていない。

 それはなぜなのか。答えが分かってしまった今となっては明白であった。

 犯人は返り血の処理を痕跡さえ残さずに犯行を実行したのではない。そもそも返り血など浴びていないのである。いや、返り血を浴びずに済む場所から由紀子を殺害したと言ったほうがいい。

「ここの様子は監視カメラによって確認できるようになっていたはずだ。ユニットバスの中だけは設置されていないって話だけど、例に漏れずフロアにも設置されていると考えていい。つまり、犯人は下から日本刀で由紀子を突き刺した。監視カメラの映像を確認して、彼女ーー北村さんの位置を探りながらね」

 押木ぽかりと空いた穴の淵から、コンクリートの破片を手に取りつつ、なおも続ける。

「ご覧の通り、日本刀を突き刺すだけで崩れてしまうほど、ここの床のコンクリートは脆く作られている。よって、下から日本刀を思い切り突き上げれば、床を貫通して眠っていた北村さんの体に刃は届く。これなら、犯人が返り血を処理する必要もない。なんせ、犯人自身はフロアの更に下の階にいたんだからな。そして、北村さんが絶命したのを確認し、俺達がフロア戻って来る前に、日本刀を彼女の遺体に突き刺して姿を消した。北村さんの体に傷がふたつ残っていた理由もこれだと思われる」

 押木の言葉には、言っている自身でさえ首を傾げてしまうような非理論的なものが含まれていた。しかし、返り血を浴びずに由紀子を殺害するには、一枚の天井……押木達からすれば床を隔てて行うのが、もっとも効率的であった。壁を一枚隔てているのだから、返り血など浴びるはずもない。

 おそらく、日本刀を宮澤が引き抜いた時に風らしきものを感じたのは、押木達のいる空間と、その更に下の空間でわずかな気圧差が生じていたからなのであろう。

 ここは言わば密閉された空間。一方、押木がここに来る前に訪れた恩田教授の研究室は、JSCビルの地下にあったものの、この空間ほど密閉された空間ではなかった。空気の量が多いところから少ないところへと流れるのは当然で、ほんのわずかな気圧差が風を呼び起こしたものだと思われる。

 そして、犯人は下の階から由紀子を殺害した後に、改めて日本刀を由紀子の遺体に突き立てた。だからこそ、由紀子の遺体にはふたつの傷跡が残ることとなった。
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