黄昏の暁は密室に戯れるか

鬼霧宗作

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2.最初の犠牲者

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 宮澤は全く同じ体勢で目をつむり、杏奈はいびきに近い寝息を立てている。しかし、由紀子の周囲だけが異様なほどに様変わりしていたのだった。

 由紀子を中心にして、真っ赤な水たまりが今もじわじわと広がっている。うつ伏せになってピクリとも動かない由紀子の背中には、日本刀らしきものが突き刺さっていた。

 フロアを離れていたのは、ほんのわずかな時間。しかも、同じフロアで休んでいた宮澤と杏奈は眠ったまま。だから、最初は悪い冗談か夢でも見ているのではないかと思った。

 由紀子が死んでいる……いや、何者かによって殺害されている。これこそ、白昼夢と呼んでいい光景だ。

 ようやく状況を飲み込んだ押木は、宮澤のほうに向かって床を蹴った。まずは由紀子の生死を確認するのが最優先なのだろうが、確認する勇気もなければ、遺体に近付けるほどの心の余裕も持っていなかった。まず宮澤を起こしに向かったのは、やはり宮澤を一番の頼りとしていたからなのであろう。

「みっ、宮澤さん! 起きてくれ!」

 押木は宮澤の肩をゆすり、亜由美は杏奈のほうへと駆け寄って、同じように声をかける。

 ほんのわずかな間に行われた第三の殺人。確認はしていないが、おそらく北村が生きているようなことはないだろう。もっとも。仮に息があったとしても、この状態では助かりそうもない。

 宮澤は眠る時も神経を張り巡らせていたようで、すぐに目を開き、押木の様子に異変を察知したのか、勢いよく半身を起こす。そして、由紀子のほうを見て目を見開いた。杏奈は寝言らしきものを漏らしつつ、それでも何度目かの亜由美の呼びかけで上半身を起こした。

「……押木君、私が休んでいる間に何があった?」

 たった十数分しか休めていないにも関わらず、宮澤の動きは速かった。由紀子のそばへと駆け寄り、すぐさま首筋に指を当てると、ため息混じりに首を横に振った。

「ねぇ、何かあったの? 随分と騒がしいけど」

 澪も目を覚ましたのであろう。扉越しに件の鼻につくような声が飛んできた。

「北村君が……死んだよ」

 宮澤が扉に向かって答えると、それがしっかりと聞こえたのであろう。澪はとうとう部屋から顔を出す。

「……なんで? あんた達、一緒にいたんでしょ? しかも見張りだっていたはず。それなのに、なんで殺されてるの?」

 由紀子の遺体を一瞥すると、あからさまな警戒心を剥き出しにしながら、澪が声を荒げる。

「それに関しては、私も今から訊くところだ」

 澪の疑問を、そのまま受け渡すかのようにして、宮澤の視線が押木と亜由美に向けられた。その視線は実に鋭く、ほんの数分でもフロアから離れてしまったことを押木は大いに後悔した。

「あの……。私が悪いんです。私がトイレについてきて欲しいなんて我が儘を言ったから」

 そんな押木を守るかのように前に出た亜由美は、責任を自ら背負い込むような発言をした。それは間違った発言ではなかったが、押木も黙ってはいられなかった。

「彼女がトイレに行きたいと言ったのは事実だ。でも、ユニットバスを使用するのは危険だと判断して、俺が勝手につき添った。彼女は悪くない」
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