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2.最初の犠牲者
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大きく深呼吸をして、押木が扉を叩こうとした時のことだった。タイミング良くというべきか、亜由美がユニットバスから出てきた。
「……ど、どうしたの?」
ノックをすべく、拳を振り上げたまま固まっている押木の姿は、さぞかし滑稽に見えたであろう。
「あ、いや。随分時間がかかってたみたいだから、ちょっと心配になってさ」
亜由美が何事もなく戻ってきたことに胸を撫で下ろす反面、少し先走ってしまった自分を悔いる押木。素直にもう少し待っていれば、変な姿を亜由美に見せずに済んだものを……。ここでも妙な格好付けを気にした自分に、押木はため息をつかざるを得なかった。
「ご、ごめんなさい。私……その、ちょうど女の子の日だったから」
しかも、自分の発言が亜由美の要らぬ発言まで招いてしまったことに気づき、押木は赤面する。ここには嗜好品や化粧品などは用意されておらずとも、生活に困らない程度の備品が用意されている。その中に生理用品が含まれていてもおかしくはない。
つまり、亜由美のトイレが長かったのは生理用品を交換していたからであり、押木はわざわざそれを訊き出してしまったのである。
「あ……なんかごめん。余計なことまで言わせちゃったみたいで」
デリカシー云々などと考えておきながら、最終的にしっかりと墓穴を掘ってしまった押木。穴があったら入りたいとは、正にこのことだった。
「ううん。気にしてないよ。心配してくれてありがとう」
そんな押木に亜由美は照れ隠しのような笑みを見せた。月並みな例えではあるが、それが天使のように見えてしまった押木は、どぎまぎするしかことしかできなかった。
「と、とりあえず戻ろうか。今、起きているのは俺達だけだし、何かあったらまずいしさ」
押木は亜由美の顏から意図的に目を逸らし、それこそ照れ隠しのようにもっともらしいことを口にする。亜由美の顔を直視できない。
「そうだね。わざわざ付き合せちゃってごめんね」
なんというか、いい雰囲気である。相手が女子高生で、しかも俗に可愛いと呼ばれる部類に入っているものだから、これが日常の出来事であればと、押木は嬉しい反面で虚無感のようなものに苛まれた。得てして、世の中とはタイミングが悪いものである。
恋人がいない時は、異性から全くアプローチを受けることがないくせに、恋人ができた途端に複数の異性からアプローチを受けたりする。金がある時はお誘いを受けるのが少なかったりするのに、金がない時に限って、やたらと友人から飲みに誘われたりする。
どこかで歯車が合致し、それをしっかりと掴み取るからこそ、人は幸せになれるのだろう。そのタイミングは実に絶妙で、一度逃せば次がいつ訪れるか分からない。一般的な考え方は違うのだろうが、タイミングが妙に合わない時が多々ある押木からすれば、そのタイミングの合致とはシビアなものなのである。
そして、またしても実にタイミングが悪いことが起きてしまったようだった。
押木達がフロアを離れたのは、ほんの数分だった。長く見積もっても十分ほどで、そこまで長い時間ではない。しかし、フロアを離れる前と、こうして戻って来た今とでは、明らかにフロアの様相が変わっているのである。
つい先ほど、照れたように笑みを浮かべていた亜由美の表情が引きつる、押木もきっと酷い表情を浮かべているに違いなかった。
「……ど、どうしたの?」
ノックをすべく、拳を振り上げたまま固まっている押木の姿は、さぞかし滑稽に見えたであろう。
「あ、いや。随分時間がかかってたみたいだから、ちょっと心配になってさ」
亜由美が何事もなく戻ってきたことに胸を撫で下ろす反面、少し先走ってしまった自分を悔いる押木。素直にもう少し待っていれば、変な姿を亜由美に見せずに済んだものを……。ここでも妙な格好付けを気にした自分に、押木はため息をつかざるを得なかった。
「ご、ごめんなさい。私……その、ちょうど女の子の日だったから」
しかも、自分の発言が亜由美の要らぬ発言まで招いてしまったことに気づき、押木は赤面する。ここには嗜好品や化粧品などは用意されておらずとも、生活に困らない程度の備品が用意されている。その中に生理用品が含まれていてもおかしくはない。
つまり、亜由美のトイレが長かったのは生理用品を交換していたからであり、押木はわざわざそれを訊き出してしまったのである。
「あ……なんかごめん。余計なことまで言わせちゃったみたいで」
デリカシー云々などと考えておきながら、最終的にしっかりと墓穴を掘ってしまった押木。穴があったら入りたいとは、正にこのことだった。
「ううん。気にしてないよ。心配してくれてありがとう」
そんな押木に亜由美は照れ隠しのような笑みを見せた。月並みな例えではあるが、それが天使のように見えてしまった押木は、どぎまぎするしかことしかできなかった。
「と、とりあえず戻ろうか。今、起きているのは俺達だけだし、何かあったらまずいしさ」
押木は亜由美の顏から意図的に目を逸らし、それこそ照れ隠しのようにもっともらしいことを口にする。亜由美の顔を直視できない。
「そうだね。わざわざ付き合せちゃってごめんね」
なんというか、いい雰囲気である。相手が女子高生で、しかも俗に可愛いと呼ばれる部類に入っているものだから、これが日常の出来事であればと、押木は嬉しい反面で虚無感のようなものに苛まれた。得てして、世の中とはタイミングが悪いものである。
恋人がいない時は、異性から全くアプローチを受けることがないくせに、恋人ができた途端に複数の異性からアプローチを受けたりする。金がある時はお誘いを受けるのが少なかったりするのに、金がない時に限って、やたらと友人から飲みに誘われたりする。
どこかで歯車が合致し、それをしっかりと掴み取るからこそ、人は幸せになれるのだろう。そのタイミングは実に絶妙で、一度逃せば次がいつ訪れるか分からない。一般的な考え方は違うのだろうが、タイミングが妙に合わない時が多々ある押木からすれば、そのタイミングの合致とはシビアなものなのである。
そして、またしても実にタイミングが悪いことが起きてしまったようだった。
押木達がフロアを離れたのは、ほんの数分だった。長く見積もっても十分ほどで、そこまで長い時間ではない。しかし、フロアを離れる前と、こうして戻って来た今とでは、明らかにフロアの様相が変わっているのである。
つい先ほど、照れたように笑みを浮かべていた亜由美の表情が引きつる、押木もきっと酷い表情を浮かべているに違いなかった。
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