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1.箱

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 押木の勝手な思い込みであるが、研究者というのはその分野一筋で、研究室に篭ってひたすら研究に打ち込むというイメージが強い。それ以外のものには興味を示さず、周りからは少し変人扱いされている。それが研究者という生き物のはずだ。

 大学教授という立場で、しかも異性から支持されていて、顏も男前でファッションにも敏感なんて、完璧すぎてずるい。

 そんなやっかみをしてしまうのは、もしかすると留年している上に将来すら定まっていない押木のコンプレックスがあるからなのかもしれなかった。やりたいことなんてないし、大学を卒業したところで大手の企業に採用されるとも限らない。

 労働とは、どんな分野でも苦痛を伴うものであり、人生の大半を労働に費やすかと思うとゾッとする。いずれは結婚なんてイベントもあり、男は自分のための人生から他人のための人生へとシフトせざるを得なくなる。誰かを養うために苦痛を伴う労働に従事し、いつの間にか歳をとって死ぬ。

 あまりにも平凡で、全くもって面白味のない人生。それが後数十年続くなんて耐えられそうにない。

 そんな世迷いごとを考えながら、大学を後にして受講生専用の駐車場へと向かう。すでに次の講義が始まっているせいか、やけにキャンパス全体が静まり返っているような気がした。普段ならば、時間帯など問わずに人とすれ違うものなのであるが、今日に限っては誰とも会うことはなかった。

 キャンパスから脇道へと入り、建物の裏手に回り込むような形で進むと、粗末なテニスコートの脇に広がる、これまたお粗末な駐車場へと出る。

 アスファルトにヒビが入っていたり、そのヒビから雑草が生えていたりと酷い有様ではあるが、一度車が便利だと知ってしまった押木からすれば、この駐車場は学生生活に欠かせない場所となっていた。

 歩いて通えない距離ではないが、文明の理を使わない手はない。

 押木の車は、中古で購入した軽ワゴン。もちろん、学生という立場を利用して親から買ってもらったものだ。住まいはボロといっても差し支えないアパートであるが、やはり家賃は親持ちであるし、留年したというのに仕送りまでもらっている。学費に関しても押木が一切出していないことは言うまでもない。

 だが、これが学生の常というものでもある。

 行きたくもない学校に通い、塾へと通わされては文句を垂れるが、この世の中に無料でまかり通るものなど少なく、学費や塾の月謝は当然ながら親が支払っている。

 それ以外に、友達と遊びに行きたいと言えば小遣いをやらねばならないし、欲しいものがあると言われれば、まるで買い与えないわけにもいかない。

 だが、これらは子に与えられた特権であり、また親に課せられた義務でもあるため、それが普通である。問題なのは、押木のように親の投資期間を過ぎている年齢に達しているにも関わらず、悪びれもせずに親のすねをかじろうとすることだ。

 アルバイトをしている分、押木は幾分かマシなのかもしれないが、しかし全て自分の遊ぶ金になってしまえば意味がない。親の苦労は親にならないと分からないというが、この昨今になって親になること自体を拒否したり、親であることを放棄したりする話が横行してしまうのは、憂うべき社会問題なのかもしれない。
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