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1.箱
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片付ける努力さえすれば、この研究室ひとつでも充分にやっていけるというのに……。それとも、高尚な大学教授なる職業は、他に研究室を持てるくらい収入面が優遇されているのだろうか。少なくとも、一般人の感覚からすれば、貸し倉庫としてでもビルの一室を借りようとは思わないのであるが。
しかも、どうやら貸し倉庫には助手がいるらしいし、その助手の給料も計算に入れると、恩田教授の月々の出費は随分な金額になる。大学側が援助しているのならば話は別だが、もうひとつの研究室があるのはJSCビルの中。どう考えたって大学側が援助する理由はないだろう。
「とにかく、そこの高村っていう助手がいる。全く、あれだけの資料がある場所で働きながら、ピンポイントでこっちにしかない資料を欲しがるんだもんな……。たまったもんじゃないよ。そいつにUSBを渡してやってくれ。なに、USBが届かなかったら、あいつから俺に速攻で連絡がくるはずだから、お前がちゃんと届けてくれたかどうかは分かる」
そう言うと恩田教授は腕時計に視線を落とし、どこから引っ張り出したのか香水を手首に振りかける。ここまでめかし込むのだから、女関係で間違いないだろう。
「あぁ、用事っデートですか。恩田教授、モテそうですもんね」
その仕草が、早急な退室を促しているようにしか思えない押木は、皮肉混じりで呟いた。ここで大人しく黙っていればいいものを、それができないからこそ五年目の大学生活を迎えたのかもしれない。
「おう、そうだ。時間に厳しい奴でな。すっぽかしでもしたら殺されちまう。よって、俺はそろそろ行かなきゃならん。それじゃ、後は頼んだぞ。あぁ、もし道に迷ったら電話しろ。俺の番号だ」
しかし、押木の皮肉をものともせずに、恩田教授はメモ用紙にペンを走らせると、それをちぎって押木へと手渡してきた。メモには辛うじて読み取れる11桁の数字が羅列していた。
「はい、まぁJSCビルなら迷うことはないでしょうけど……」
押木はメモをポケットにねじ込むと、もう少し居座ってやろうかという邪念を辛うじて振り払い、形式ばった挨拶をすると研究室を後にする。
昼間だというのにひっそりと静まり返った廊下。次の講義が始まっているからだろう。
今日は恩田教授の講義で終わりだった押木は、静まり返った廊下に妙な優越感を抱きながら歩き出した。このように早上がりのような感覚を堪能できるのは、おそらくは留年した人間に許された唯一の権限なのであろう。もっとも、それでも朝から晩まで講義の日のほうが、割合的には多いのであるが。
「あ、ごめーん。今から行く」
押木が曲がり角を曲がったところで扉の開く音がして、明らかによそ行きの恩田教授の声が聞こえた。こんな真昼間から女性とデートとは、大層なご身分である。
「全く、研究者は研究者らしく一日中研究室に篭っていろっての……」
今さらなのかもしれないが、恩田教授は研究者らしい顔を見せたことがない。押木の抱いている大学教のイメージとはかけ離れていた。
明らかに二日酔いで講義にきたことがある。ファッションセンスは今時の若者と同じレベルであるし、歳が離れているのに、受講生との会話の引き出しも豊富だ。絶えず女性の影が見え隠れしているし、にもかかわらず受講生の中にも大勢のファンがいる。
しかも、どうやら貸し倉庫には助手がいるらしいし、その助手の給料も計算に入れると、恩田教授の月々の出費は随分な金額になる。大学側が援助しているのならば話は別だが、もうひとつの研究室があるのはJSCビルの中。どう考えたって大学側が援助する理由はないだろう。
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そう言うと恩田教授は腕時計に視線を落とし、どこから引っ張り出したのか香水を手首に振りかける。ここまでめかし込むのだから、女関係で間違いないだろう。
「あぁ、用事っデートですか。恩田教授、モテそうですもんね」
その仕草が、早急な退室を促しているようにしか思えない押木は、皮肉混じりで呟いた。ここで大人しく黙っていればいいものを、それができないからこそ五年目の大学生活を迎えたのかもしれない。
「おう、そうだ。時間に厳しい奴でな。すっぽかしでもしたら殺されちまう。よって、俺はそろそろ行かなきゃならん。それじゃ、後は頼んだぞ。あぁ、もし道に迷ったら電話しろ。俺の番号だ」
しかし、押木の皮肉をものともせずに、恩田教授はメモ用紙にペンを走らせると、それをちぎって押木へと手渡してきた。メモには辛うじて読み取れる11桁の数字が羅列していた。
「はい、まぁJSCビルなら迷うことはないでしょうけど……」
押木はメモをポケットにねじ込むと、もう少し居座ってやろうかという邪念を辛うじて振り払い、形式ばった挨拶をすると研究室を後にする。
昼間だというのにひっそりと静まり返った廊下。次の講義が始まっているからだろう。
今日は恩田教授の講義で終わりだった押木は、静まり返った廊下に妙な優越感を抱きながら歩き出した。このように早上がりのような感覚を堪能できるのは、おそらくは留年した人間に許された唯一の権限なのであろう。もっとも、それでも朝から晩まで講義の日のほうが、割合的には多いのであるが。
「あ、ごめーん。今から行く」
押木が曲がり角を曲がったところで扉の開く音がして、明らかによそ行きの恩田教授の声が聞こえた。こんな真昼間から女性とデートとは、大層なご身分である。
「全く、研究者は研究者らしく一日中研究室に篭っていろっての……」
今さらなのかもしれないが、恩田教授は研究者らしい顔を見せたことがない。押木の抱いている大学教のイメージとはかけ離れていた。
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