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1.箱
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「保育士が男性ならば、園児の父と意気投合して飲みに出掛ける仲になっても、恋人関係にまでは発展しない。これならば、全ての人とまでは言わないが、ほとんどの人が納得の行く答えとなっているはずだ。じゃあ、ここで考えてみようか。俺は一言も保育士を女性だと言ってはいないが、どうして押木は保育士が女性であることを前提にして考えてしまったのか? いや、押木だけじゃなく、ここにいる大半が保育士は女性だと思い込んでしまっていたはずだ」
これは大学の講義……それこそ、恩田教授が専門としている心理学などではなく、ただ意地の悪いなぞなぞだ。恐らく恩田教授にそのつもりはないのだろうが、なんだか吊るし上げられたような気がした押木は、ふて腐れて再び机に突っ伏して目を閉じた。
「まず、第一に考えられるのが保育士という職業のせいだ。つい最近までの日本では、特定の性別ではないと就けない仕事が多々あった。保育士の前身である保母さんや、看護師の前身である看護婦……。きっと、君達が小さい頃にも、この制度は残っていたはずだ。だから、保育士と聞いただけで、それが女性であると連想した」
目を閉じていても、恩田教授の声だけは耳に入ってくる。まんまと一杯喰わされてしまった押木は、その解説を強制的に聞かされることを余儀なくされた。
「それに加えて、保育士の趣味が編み物であったために、さらに女性であるという思い込みを生んだ。俺は一言も保育士が女だとは言っていないにもかかわらずな……。これこそが、今回の講義で取り上げた先入観というものだ。君達はこれまでの経験や常識から、勝手に保育士が女性であると判断してしまったんだよ。それで、この先入観なるものは面白いもので……」
押木が机に突っ伏しても恩田教授の講義は続き、実に面白くない思いを抱きながらも、淡々と抗議は進行した。押木がようやく顔を上げたのは、講義終了時間を報せるベルが鳴り響いた時だった。
「よし、それじゃ今日はここまでにしよう」
恩田教授は持参していた資料をまとめ、それが合図だったかのように受講生が出入り口に列を作る。押木もそれにならって列に並んだ時のことだった。
「あー、押木。ちょっとお前の単位に関して相談があるから。後で研究室に寄ってくれ。正直、お前の出席日数がきわどい感じになりそうなんだよ」
押木は我が耳を疑った。押木の通う大学では、一年を通しての出席日数が4分の3に満たなければ、いくら優秀な受講生であっても単位は取得できないことになっている。どうして押木が細かいところまで知っているのかといえば、残りの講義回数を逆算して計画的にさぼることがあるからだ。大学は世渡りを学ぶところという押木の認識は、この辺りからきている。
そして、押木の計算ならば、まだ少しくらいさぼっても、ゆうに出席日数は4分の3を超えるはずだった。
他の講義に比べて、恩田教授の講義は話を聞いているだけのものが多く、テストも随分甘いと聞く。出席日数さえ満たしていれば単位を確実に取得できるため、教授の言葉は正に寝耳に水だったのである。
「あれ? 俺そんなに教授の講義に出てませんか? 計算した訳じゃないから分からないけど、少なくとも出席日数が足りなくなるなんてことはないはず」
効率よく、そして計算高く立ち回っているつもりだった押木は、すっとぼけた顔で恩田教授に聞き返す。
「あぁ、実に申しんけないんだが、俺の所用で後期の講義がほとんど休講になるかもしれないんだ。まぁ、俺の都合なんだからって学長に掛け合ってみたものの、どうやら無理らしいんだ……。それで計算してみたらな、お前だけ出席日数が4分の3に届かないかもしれないことが分かったんだよ」
これは大学の講義……それこそ、恩田教授が専門としている心理学などではなく、ただ意地の悪いなぞなぞだ。恐らく恩田教授にそのつもりはないのだろうが、なんだか吊るし上げられたような気がした押木は、ふて腐れて再び机に突っ伏して目を閉じた。
「まず、第一に考えられるのが保育士という職業のせいだ。つい最近までの日本では、特定の性別ではないと就けない仕事が多々あった。保育士の前身である保母さんや、看護師の前身である看護婦……。きっと、君達が小さい頃にも、この制度は残っていたはずだ。だから、保育士と聞いただけで、それが女性であると連想した」
目を閉じていても、恩田教授の声だけは耳に入ってくる。まんまと一杯喰わされてしまった押木は、その解説を強制的に聞かされることを余儀なくされた。
「それに加えて、保育士の趣味が編み物であったために、さらに女性であるという思い込みを生んだ。俺は一言も保育士が女だとは言っていないにもかかわらずな……。これこそが、今回の講義で取り上げた先入観というものだ。君達はこれまでの経験や常識から、勝手に保育士が女性であると判断してしまったんだよ。それで、この先入観なるものは面白いもので……」
押木が机に突っ伏しても恩田教授の講義は続き、実に面白くない思いを抱きながらも、淡々と抗議は進行した。押木がようやく顔を上げたのは、講義終了時間を報せるベルが鳴り響いた時だった。
「よし、それじゃ今日はここまでにしよう」
恩田教授は持参していた資料をまとめ、それが合図だったかのように受講生が出入り口に列を作る。押木もそれにならって列に並んだ時のことだった。
「あー、押木。ちょっとお前の単位に関して相談があるから。後で研究室に寄ってくれ。正直、お前の出席日数がきわどい感じになりそうなんだよ」
押木は我が耳を疑った。押木の通う大学では、一年を通しての出席日数が4分の3に満たなければ、いくら優秀な受講生であっても単位は取得できないことになっている。どうして押木が細かいところまで知っているのかといえば、残りの講義回数を逆算して計画的にさぼることがあるからだ。大学は世渡りを学ぶところという押木の認識は、この辺りからきている。
そして、押木の計算ならば、まだ少しくらいさぼっても、ゆうに出席日数は4分の3を超えるはずだった。
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「あれ? 俺そんなに教授の講義に出てませんか? 計算した訳じゃないから分からないけど、少なくとも出席日数が足りなくなるなんてことはないはず」
効率よく、そして計算高く立ち回っているつもりだった押木は、すっとぼけた顔で恩田教授に聞き返す。
「あぁ、実に申しんけないんだが、俺の所用で後期の講義がほとんど休講になるかもしれないんだ。まぁ、俺の都合なんだからって学長に掛け合ってみたものの、どうやら無理らしいんだ……。それで計算してみたらな、お前だけ出席日数が4分の3に届かないかもしれないことが分かったんだよ」
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