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プロローグ

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 当たり前のように大学へと行き、くだらない講義を受け、金のためだけに数時間拘束されるバイトへと向かい、帰ってきてはビールを開けて、微睡の中で陶酔する。それが昨日までは当たり前の光景で、流れている歌もいたるところで耳にしていたのに、それをこんな場所で聞くことになるとは思いもしなかった。

『盛り上がって来たところで皆さんの紹介をさっさと済ませちゃいましょうか。それでは五人目の紹介です! 貢がせてきた男の数は星の数ほど。その美貌の裏に隠された素性は小悪魔なんてものじゃ済まされない! 男性の皆さん、本当に羨ましい限りです。クラブ【セレクト】の指名ナンバーワン嬢、リコこと戸田澪とだみおさん!』

 改めて自分の置かれた境遇に不安感が募る押木をよそに、ドレスを身にまとった女性が鼻で小さく笑った。先ほど、それぞれの扉を調べて回った女性であるが、この中の女性のタイプを見る限り、まず間違いなく彼女が澪なのであろう。

「ふん、下らない……。どうせテレビ番組の企画かなんかなんでしょ? こんなのに引っ掛かるとかマジで最悪だわ。前置きはいいから、さっさとネタバラシしちゃってよ。私も暇じゃないんだから」

 澪はため息混じりに呟き落とすと、その長い茶色の髪を掻き上げた。妙に鼻につく香水の匂いがした。

 最初から妙に肝が据わっているように思えた澪であったが、どうやらこの状況下をテレビ番組の企画だと思っているらしい。確かに、俗に言うドッキリを仕掛ける番組なんかも昔はあったが、やれコンプライアンスが云々と叫ばれるようになった昨今においては、ここまで強引なドッキリが存在するとは押木にはどうも思えなかった。

 しかし、当の本人はすっかりそのつもりでいるらしく、訳の分からぬ状況に怯える押木達を嘲るかのように、髪を指で巻いて笑みを浮かべていた。

『さて、これが果たしてテレビ番組の企画なのかどうか? 答えはCMの後でっ! なんて冗談はさて置いて、六人目のご紹介と参りましょう!』

 本当に笑えない冗談に押木が舌打ちをする中、その声の主は相変わらずの調子で続ける。もしかすると、もう二度とラジオ番組など聞けなくなるかもしれなかった。少なくとも、バラエティー向けの番組はトラウマとなることであろう。

『魚を捌いて数十年。この道一筋で生きてきた頑固一徹! 競りでは逆らう者なしとまで言われたベテランの魚屋店主!近藤直人こんどうなおとだ! だが、言ってしまえば魚以外の事に関しては無知に等しいおじいちゃんです。皆さん、ご老人は大切に扱ってあげて下さいね』

「黙って聞いてれば好き勝手言ってくれるじゃねぇか! この俺を誰だと思ってやがる!」

 老人扱いされたのが気に喰わなかったのか、正しく魚屋と言わんばかりの格好をした初老の男性が、スピーカーに向かって唾を飛ばす。本人の言う通り、これまではだんまりを決め込んでいたが、どうやら我慢の限界を迎えたようだった。

『え? だから魚のこと以外は何も知らないおじいちゃんでしょ? というか、そんなに怒ることもないでしょうに……。やっぱり、人間は歳を取ると短気になっちゃうんですかねぇ。おぉ、怖い怖い』

 それを皮肉混じりで返されると、近藤は悔しそうに帽子を脱ぎ捨て、もう一度怒声を上げた。
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