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プロローグ
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どうしたものかと押木が溜め息をついた時のことだった。
シンメトリー……左右対称になった扉のひとつが軋むような音とともに開き、そこから白衣を纏った中年の男性が出てくる。白髪の混じった髪を後ろに流し、縁なし眼鏡をかけた聡明そうな男だった。
「……ようやくお目覚めのようだね」
扉から出てくるなり辺りを見回してつぶやいた男に、件の金髪の男が速足で歩み寄り、物凄い形相で白衣の男の胸倉を掴んだ。
「てめぇ、ここはどこなんだよ? こんなところに俺達を連れてきて何をするつもりなんだ? あぁ?」
今までフロアにいなかった人物が、扉の向こうから姿を現した。だから、金髪の男も白衣の男が何かを知っているのではないかと考えたのであろう。もし彼がやらなければ、押木自身が白衣の男に同じことをしていたに違いない。
「何を勘違いしているのかは知らんが、それは私が聞きたいくらいだよ――」
白衣の男はそう言うと、胸倉を掴んでいた手を振りほどいた。さほど乱暴なようには見えなかったが、金髪の男はその場に尻餅をついた。
「私は宮澤信次郎という。街の郊外で歯科医を営んでいる」
胸倉を掴まれて乱れてしまった着衣を整えつつ、白衣の男は自らを宮澤と名乗った。確かに、言われてみれば歯科医といったような出で立ちだった。
金髪の男は、宮澤が自分と同じ立場であることを察したのであろう。小さく舌打ちをするとフロアの隅へと向かい、壁に寄りかかると面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「言っておくが、ここがどこなのかは私も知らない。君達より少し先に目を覚ましただけだ。それで、自分の名前が書かれたプレートがぶら下がっている扉を見付けてね……。そこを調べていたんだよ。よって、残念ながら君達と立場はまるで変わらない」
宮澤はそう言うと、金髪の男のほうに、わざとらしく視線をやった。金髪の男は、それにも小さく鼻を鳴らしただけだ。
そこで宮澤は押木を含む全員の視線の意味に気付いたのであろう。咳払いをすると続ける。
「扉の先は殺風景な個室だよ。ベッドにユニットバス。備え付けの調理台とインスタント食品が少しばかり蓄えられているようだった。まだ安いビジネスホテルのほうが居心地は良さそうだ」
それを聞いたドレス姿の女性が、ヒールを鳴らしながら端の扉へと歩み寄る。歩く度に香水のきつい匂いが辺りに漂って、押木は胸やけをしそうになった。つけている本人はさほど気にしていないのかもしれないが、匂いのきつい香水が苦手な人もいることを考慮して欲しいものだ。もっとも、こんな空間に閉じ込められるとは彼女自身も思っていなかったのであろうが。
「えっとー、押木準。それでその隣が間宮亜由美」
どうやら彼女は、扉にぶら下がっているプレートを読み上げているらしかった。
「そのまた隣が仲沢義昭で、最後が北村由紀子か……。ってことは、私の部屋は反対側ね」
彼女はそう独りごちると、呆気に取られている押木達の前を横断して反対側の扉をひとつずつ見て回る。その姿があまりにもあっけらかんとしていることに、押木は強く違和感を抱いた。こんなわけの分からない状況下におかれているのに、彼女からはそれに対する戸惑いが一切見られない。
シンメトリー……左右対称になった扉のひとつが軋むような音とともに開き、そこから白衣を纏った中年の男性が出てくる。白髪の混じった髪を後ろに流し、縁なし眼鏡をかけた聡明そうな男だった。
「……ようやくお目覚めのようだね」
扉から出てくるなり辺りを見回してつぶやいた男に、件の金髪の男が速足で歩み寄り、物凄い形相で白衣の男の胸倉を掴んだ。
「てめぇ、ここはどこなんだよ? こんなところに俺達を連れてきて何をするつもりなんだ? あぁ?」
今までフロアにいなかった人物が、扉の向こうから姿を現した。だから、金髪の男も白衣の男が何かを知っているのではないかと考えたのであろう。もし彼がやらなければ、押木自身が白衣の男に同じことをしていたに違いない。
「何を勘違いしているのかは知らんが、それは私が聞きたいくらいだよ――」
白衣の男はそう言うと、胸倉を掴んでいた手を振りほどいた。さほど乱暴なようには見えなかったが、金髪の男はその場に尻餅をついた。
「私は宮澤信次郎という。街の郊外で歯科医を営んでいる」
胸倉を掴まれて乱れてしまった着衣を整えつつ、白衣の男は自らを宮澤と名乗った。確かに、言われてみれば歯科医といったような出で立ちだった。
金髪の男は、宮澤が自分と同じ立場であることを察したのであろう。小さく舌打ちをするとフロアの隅へと向かい、壁に寄りかかると面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「言っておくが、ここがどこなのかは私も知らない。君達より少し先に目を覚ましただけだ。それで、自分の名前が書かれたプレートがぶら下がっている扉を見付けてね……。そこを調べていたんだよ。よって、残念ながら君達と立場はまるで変わらない」
宮澤はそう言うと、金髪の男のほうに、わざとらしく視線をやった。金髪の男は、それにも小さく鼻を鳴らしただけだ。
そこで宮澤は押木を含む全員の視線の意味に気付いたのであろう。咳払いをすると続ける。
「扉の先は殺風景な個室だよ。ベッドにユニットバス。備え付けの調理台とインスタント食品が少しばかり蓄えられているようだった。まだ安いビジネスホテルのほうが居心地は良さそうだ」
それを聞いたドレス姿の女性が、ヒールを鳴らしながら端の扉へと歩み寄る。歩く度に香水のきつい匂いが辺りに漂って、押木は胸やけをしそうになった。つけている本人はさほど気にしていないのかもしれないが、匂いのきつい香水が苦手な人もいることを考慮して欲しいものだ。もっとも、こんな空間に閉じ込められるとは彼女自身も思っていなかったのであろうが。
「えっとー、押木準。それでその隣が間宮亜由美」
どうやら彼女は、扉にぶら下がっているプレートを読み上げているらしかった。
「そのまた隣が仲沢義昭で、最後が北村由紀子か……。ってことは、私の部屋は反対側ね」
彼女はそう独りごちると、呆気に取られている押木達の前を横断して反対側の扉をひとつずつ見て回る。その姿があまりにもあっけらかんとしていることに、押木は強く違和感を抱いた。こんなわけの分からない状況下におかれているのに、彼女からはそれに対する戸惑いが一切見られない。
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