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プロローグ
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あまりにも唐突で、あまりにも理解し難い空間で目を覚ました彼――押木と、女子高生らしき格好の彼女。そんな状況下でも、初対面の人間には名を名乗るという日常的な行動に出たことに、押木は思わず苦笑いを浮かべた。もし、これがサラリーマン同士だったら名刺交換でもしていたに違いない。
その、日常的なやり取りになかば反射的に反応したのか、女性は押木の横顔を一瞥すると、小さな口を動かした。
「私は間宮亜由美。高校2年」
端正で可愛らしい顔立ちでありながらも、ややぶっきらぼうな印象を受けるのは、きっと彼女――亜由美の警戒が滲み出ているからだろう。自分で勝手に結論付けてしまうと、押木はわざと明るい声を絞り出した。
「そうか。亜由美ちゃんっていうのか。まぁ、俺も何が起きてるのかさっぱりなんだけど、こうして出会ったのも何かの縁だ。今はとりあえず何が起きているのか把握したいし、手伝って……」
いかなる時でも男という生き物は女性をリードしなければならない。このご時世、そんなこともないと思っている押木であるが、状況が状況なだけに自分が何とかしないと思ってしまうのは、もしかして男の遺伝子の中に組み込まれた潜在意識なのかもしれない。どこかに怒られてしまいそうな持論ではあるが。
しかし、そんな押木が喋っている最中に、倒れている人々の存在に気付いたのか、亜由美は押木の腕から弾かれるようにして飛び出した。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい! ここはどこなんですか?」
倒れている人を介抱するというより、ここがどこで何が起きているのかを確かめるべく飛び出したようだった。それは押木も知りたいことではあったが、亜由美に頼りにされていないというか、男として何かしらの烙印を押されたような気がして、溜め息混じりにニットの帽子をかぶりなおした。続いて、いつもの癖でスマホをポケットから取り出そうとして、その事実に気付く。――スマホがない。いや、スマホだけではなく財布も入っていない。その代りにポケットの中から、1枚の名刺が出てきた。
名刺は恩田教授の研究室を訪れた際に、助手の高村という女性から貰ったものだった。それを手で触ってみると、日常が身近にあるように感じて、自らが置かれている状況にゾッとせざるを得なかった。けれども、いくらポケットの中をまさぐってみても、押木と日常を繋ぐのはその名刺だけだった。
夢ではない……。恩田教授の研究室を訪れたことも、高村という女性に出会ったことも、そして件の奇妙な箱を好奇心で開けてしまったことも。
全てがこの非現実的な空間と繋がっていて、どこかに必ず接点があった。言うなれば映画と現実の隔たり――制作現場に転がっている小道具のようなものだった。映画という創作物のなかでも、そして現実にも存在する、ある意味で異形の小道具。
その名刺に日常の狭間を見せつけられる押木をよそに、亜由美は身近にいた女性に声をかけ続けていた。
その女性は、良く言えばぽっちゃりした体型であり、ピンク色したフレームの眼鏡をかけていた。格好はどこぞの事務員のようで、黒で統一されたスーツに、タイトスカートからはストッキングに包まれた大根のような足が伸びている。いや、大根はさすがに失礼か。
その、日常的なやり取りになかば反射的に反応したのか、女性は押木の横顔を一瞥すると、小さな口を動かした。
「私は間宮亜由美。高校2年」
端正で可愛らしい顔立ちでありながらも、ややぶっきらぼうな印象を受けるのは、きっと彼女――亜由美の警戒が滲み出ているからだろう。自分で勝手に結論付けてしまうと、押木はわざと明るい声を絞り出した。
「そうか。亜由美ちゃんっていうのか。まぁ、俺も何が起きてるのかさっぱりなんだけど、こうして出会ったのも何かの縁だ。今はとりあえず何が起きているのか把握したいし、手伝って……」
いかなる時でも男という生き物は女性をリードしなければならない。このご時世、そんなこともないと思っている押木であるが、状況が状況なだけに自分が何とかしないと思ってしまうのは、もしかして男の遺伝子の中に組み込まれた潜在意識なのかもしれない。どこかに怒られてしまいそうな持論ではあるが。
しかし、そんな押木が喋っている最中に、倒れている人々の存在に気付いたのか、亜由美は押木の腕から弾かれるようにして飛び出した。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい! ここはどこなんですか?」
倒れている人を介抱するというより、ここがどこで何が起きているのかを確かめるべく飛び出したようだった。それは押木も知りたいことではあったが、亜由美に頼りにされていないというか、男として何かしらの烙印を押されたような気がして、溜め息混じりにニットの帽子をかぶりなおした。続いて、いつもの癖でスマホをポケットから取り出そうとして、その事実に気付く。――スマホがない。いや、スマホだけではなく財布も入っていない。その代りにポケットの中から、1枚の名刺が出てきた。
名刺は恩田教授の研究室を訪れた際に、助手の高村という女性から貰ったものだった。それを手で触ってみると、日常が身近にあるように感じて、自らが置かれている状況にゾッとせざるを得なかった。けれども、いくらポケットの中をまさぐってみても、押木と日常を繋ぐのはその名刺だけだった。
夢ではない……。恩田教授の研究室を訪れたことも、高村という女性に出会ったことも、そして件の奇妙な箱を好奇心で開けてしまったことも。
全てがこの非現実的な空間と繋がっていて、どこかに必ず接点があった。言うなれば映画と現実の隔たり――制作現場に転がっている小道具のようなものだった。映画という創作物のなかでも、そして現実にも存在する、ある意味で異形の小道具。
その名刺に日常の狭間を見せつけられる押木をよそに、亜由美は身近にいた女性に声をかけ続けていた。
その女性は、良く言えばぽっちゃりした体型であり、ピンク色したフレームの眼鏡をかけていた。格好はどこぞの事務員のようで、黒で統一されたスーツに、タイトスカートからはストッキングに包まれた大根のような足が伸びている。いや、大根はさすがに失礼か。
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