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第二話 Q&A【事件編】

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 我ながら、かなり踏み込んだ質問だと巌鉄は思った。そもそも、誰かを庇うために出頭してきたのであれば、その名前を口にしたりしないだろう。しかしながら、舞香の瞳の中にある恐れのようなものを、巌鉄は見逃しはしなかった。

「…………」

 舞香は何かを言いたそうな表情を見せたが、しかしすぐに顔を伏せた。後ろめたいことがある証拠だ。

「言えないか……。俺だって馬鹿じゃないし、警察だって、それなりに後先考えることくらいはできる。万が一のことを考えて、護衛をつけることだって可能だぞ」

 警察は基本的に何か起きてからではないと動かない。それはもはや、一般常識のようなものになっていた。そんな対応をしてしまうと、すべてに同じように対応しなければならなくなるため、例外というものを作らないようにしているのだ。だが、彼女の身に危険が迫るというのであれば、特例的に護衛をつけてやることはできる。変に捻じ曲がった世間の見解により、いつしか警察は頼りのない存在に成り下がってしまったが、実際はそこまで酷いものではない。

「でも、保釈されたことがばれたら、きっと私はただじゃ済まない。あいつに殺される――」

 その恐怖に満ちた目には、ある種の支配的なものを感じた。舞香は何者かによって支配されている。精神的に追い詰められ、彼女の拠り所となる何かを人質にとられ、誰かに支配されている。

「俺と坂田でそいつを捕まえる。いいか? 俺だけじゃない。あの偏屈者で物分かりの悪い坂田も、お前さんの味方になってくれる。でもな、誰が犯人なのか分からない以上、俺達も動きようがないんだ」

 坂田は坂田なりに事件のことを追っているようだったが、しかしいまひとつ真相にたどり着けずにいるようだった。巌鉄もまた、何か引っかかるものはあるが、犯人像には近づけないでいた。

「千秋の件……現場が現場だったから、みんな勘違いしてる。勝手に犯人像を決めてしまっているから、本当は見えているものが見えていないの」

 舞香は絞り出すように言うと、うっすらと笑みを浮かべる。

「ふふっ……ふふふふふっ」

 その恍惚そうな表情と、濁った眼球。それが異常なのは、誰が見ても明らかだった。

「――スマイルかっ!」

 舞香の目は明らかに普通ではない。急にスイッチが入ったかのように、恍惚そうな表情を浮かべた辺り、かなり前からクスリを摂取していたというわけでもなさそうだ。

「こいつは一課の管轄じゃねぇな……」

 呟く巌鉄を嘲笑うかのごとく、舞香はそのばに倒れ込み、手足をバタバタと動かし始める。
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