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第二話 Q&A【事件編】

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「……ひとつ貸しだからな」

 その空気を自ら払拭してくれたのは坂田だった。さすがに無視をして、そのまま空気を悪くするのはまずいと思ったのであろう。

「悪いな。ここは俺がうまいことやっておくから、安全なところまで送り届けてやってくれ」

 ここから舞香をひとりで帰らせるわけにはいかない。ただでさえ精神的なダメージを負っているだろうし、坂田に任せたほうがいい。これが巌鉄なりの建前だった。本音のほうは――彼女こそが犯人かもしれないという、坂田の言葉が胸に引っかかっていたからだった。すなわち、彼女に勝手な行動をされないよう、坂田を監視役としてつける。そこまで巌鉄の考えを見越してか、坂田は実に分かりやすい舌打ちをしてくれた。わざわざ、こちらの意図を言わずとも理解してくれているようだ。

「女、行くぞ。ここはおっさんに任せて、俺達は茶でもしばくか」

 そんな状況でないのは坂田自身が分かっているだろうに、まだ冗談じみたことを言える余裕はあるらしい。

「え、でも……」

 坂田の冗談を真に受けた様子の舞香が、戸惑ったような声を上げると、坂田は無理矢理に舞香の腕を引っ張り「おら、さっさと行くぞ」と、部屋の外へと姿を消した。

「さて、どうすっかな――これ」

 坂田達を送り出したはいいものの、そこから先はほとんどノープランだった巌鉄。ふと部屋の中にピンク電話が置いてあることに気づく。財布から小銭を取り出すと、ピンクの電話に駆け寄った。小銭を入れると、丸暗記している番号をプッシュした。

 しばらく呼び出し音が鳴ると、電話に相手が出るが、あちらが名乗りを上げる前に巌鉄は口を開いた。

「生活課の巌鉄だ。そこに倉科はいるか?」

 そう、巌鉄が電話をかけたのは、捜査一課直通の番号だった。警察といえば110番という印象が強いのだが、当然ながらそれぞれの署の電話番号は存在するし、部署によって番号を使い分けているところもある。だからこうして、捜査一課に直通で電話をかけることができているわけだ。

「倉科は自分ですけど……何かあったんですか?」

 もし、倉科がいなかったらどうしようか。そんな巌鉄の不安は杞憂に終わった。しかも、たまたま出た相手が倉科だなんて、不幸中の幸いだった。

「倉科か。悪いんだが、ちょっと今から出られるか? できる限り周囲に悟られないようにだ」

 応援を呼ぶわけにはいかないが、このままにしておくわけにもいかない。折衷案として巌鉄の脳裏に浮かんだのが、倉科の顔だった。
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