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第二話 Q&A【事件編】
第二話 Q&A【事件編】1
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【1】
その儀式というものは、果たしていつから始まったのか。何を起源として、どこから広まったのか。ただひとつ確実に言えることは、言葉さえも通じない世界の各国で、しかし同じような儀式が繰り返されているということ。おそらくは人間が持つ本能的な側面から生まれた文化なのだろう。命を亡くしてしまった人を、遺されてしまった人が葬る。日本では荼毘に付すとも言われる儀式――葬式。
この葬式の、悪い意味での特別感は好きではない。普段は滅多に顔を合わさぬ親戚が一堂に集まり、それこそ数年……十数年会いもしなかった、かつての親族を尊ぶ。生前付き合いのあった人間が弔問に訪れ、会場はひっそりとしながらも、ある種の祭りのような熱気をひしひしと帯びていた。
一軒家の床間と座敷を貫いて作ったような会場には、黒一色の人々が集まっている。仕事の途中で抜け出し、せめて線香でも上げてやろうと考えた迂闊な自分を叱りつけてやりたい。格好が場違いすぎる。
受付で香典を渡し、台帳に記帳をすると、すでに泣き腫らしたのであろう、目を真っ赤にした女性が顔を上げた。その顔には見覚えがあった。
「巌鉄さん。来てくれたんだ――」
記憶が正しければ、まだ20代の前半だったはず。巌鉄は小さく頷くと「すまん、俺達の怠慢だ」と、そのまま頭を下げた。
「巌鉄さんはそもそも補導員でしょ? 謝ることはないよ」
ニュアンス的に少し――いや、大いに違うのではあるが、補導員と言われても語弊はない。いちいち否定する場面でもないと考えた巌鉄は「そうなんだがな」と苦笑いを浮かべた。
「千秋お姉ちゃん。まだ手探りだけど、真っ当に生きたいって言ってたのに……」
受付で涙を流すのは、加藤千春という。かつて彼女がちょっとばかり外れた道を歩もうとした際、首を突っ込んでお節介を焼いた相手だった。
「あぁ、本当に残念だよ」
もう少し彼女と話をしたかったのであるが、後ろに弔問客が列を作り出したがゆえに、巌鉄は挨拶もそこそこに中へと入った。葬式に通して出席するつもりはない。坊主が来る前に線香だけ上げて帰るつもりだった。
「あぁ、いつぞやの時はどうも――」
中に入るなり、喪服の女性が頭を下げてきた。巌鉄の顔を覚えていたのであろう。かくいう巌鉄も、でかでかと飾られた写真の主である加藤千秋の母親の顔は覚えていた。当時、千春と千秋は両親からの抑圧によって荒れていた。それを解決すべく、巌鉄が間に入って仲を取り持ったのだから、互いに覚えていて当然なのかもしれない。
その儀式というものは、果たしていつから始まったのか。何を起源として、どこから広まったのか。ただひとつ確実に言えることは、言葉さえも通じない世界の各国で、しかし同じような儀式が繰り返されているということ。おそらくは人間が持つ本能的な側面から生まれた文化なのだろう。命を亡くしてしまった人を、遺されてしまった人が葬る。日本では荼毘に付すとも言われる儀式――葬式。
この葬式の、悪い意味での特別感は好きではない。普段は滅多に顔を合わさぬ親戚が一堂に集まり、それこそ数年……十数年会いもしなかった、かつての親族を尊ぶ。生前付き合いのあった人間が弔問に訪れ、会場はひっそりとしながらも、ある種の祭りのような熱気をひしひしと帯びていた。
一軒家の床間と座敷を貫いて作ったような会場には、黒一色の人々が集まっている。仕事の途中で抜け出し、せめて線香でも上げてやろうと考えた迂闊な自分を叱りつけてやりたい。格好が場違いすぎる。
受付で香典を渡し、台帳に記帳をすると、すでに泣き腫らしたのであろう、目を真っ赤にした女性が顔を上げた。その顔には見覚えがあった。
「巌鉄さん。来てくれたんだ――」
記憶が正しければ、まだ20代の前半だったはず。巌鉄は小さく頷くと「すまん、俺達の怠慢だ」と、そのまま頭を下げた。
「巌鉄さんはそもそも補導員でしょ? 謝ることはないよ」
ニュアンス的に少し――いや、大いに違うのではあるが、補導員と言われても語弊はない。いちいち否定する場面でもないと考えた巌鉄は「そうなんだがな」と苦笑いを浮かべた。
「千秋お姉ちゃん。まだ手探りだけど、真っ当に生きたいって言ってたのに……」
受付で涙を流すのは、加藤千春という。かつて彼女がちょっとばかり外れた道を歩もうとした際、首を突っ込んでお節介を焼いた相手だった。
「あぁ、本当に残念だよ」
もう少し彼女と話をしたかったのであるが、後ろに弔問客が列を作り出したがゆえに、巌鉄は挨拶もそこそこに中へと入った。葬式に通して出席するつもりはない。坊主が来る前に線香だけ上げて帰るつもりだった。
「あぁ、いつぞやの時はどうも――」
中に入るなり、喪服の女性が頭を下げてきた。巌鉄の顔を覚えていたのであろう。かくいう巌鉄も、でかでかと飾られた写真の主である加藤千秋の母親の顔は覚えていた。当時、千春と千秋は両親からの抑圧によって荒れていた。それを解決すべく、巌鉄が間に入って仲を取り持ったのだから、互いに覚えていて当然なのかもしれない。
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