上 下
10 / 166
第一話 コレクター【事件編】

3

しおりを挟む
 その場に残るものなんだか気まずくなった巌鉄は、小さく溜め息を漏らしつつ会議室を後にする。廊下に出ると、すぐそこに灰皿があるのを見つけて煙草に火を点ける。この時代はまだ煙草に寛容な時代だ。いちいち、決められた場所で吸わねばならなくなるなど、この時の喫煙者の誰が予期できたことだろうか。

「巌鉄先輩! 準備できました!」

 パトカーを表に回してくれたのだろう。嬉々として駆けてくると、またしても敬礼をしてくれる倉科。その初々しい勘違いが、とうとう面白くなってきた巌鉄は、かすかに笑みを浮かべつつ紫煙を燻らせた。

「倉科、今は仕方ねぇけど、仕事ってのは手の抜き方を覚える必要があるんだよ。ずっと肩肘張ってても絶対にもたないから、さっさと手の抜き方を覚えろよ」

 どれだけの期間、ここに研修という形で在籍するのかは知らないが、きっと巌鉄が教えてやれるのは手の抜き方くらいだ。

「はい、頑張ります!」

 そこまで声を張り上げなくても聞こえる。思わず耳を塞ぐと、巌鉄は「ちょっとお前さんに手の抜き方を教えるのは、難しいかもしれんなぁ」と一言。倉科は巌鉄が言わんとしていることを飲み込めないのか、困ったかのように苦笑いを浮かべた。

「それにしても、初めて扱う事件がこんな事件になるなんてな。お前さんに、こういう事件との縁ができなきゃいいが」

 今回の事件は、普通の事件と比べて難しい事件だ。なぜなら――猟奇殺人事件の可能性が高いから。普段、捜査一課からは離れている巌鉄でさえ、連日報道されるニュースで、事件の残虐性を知っている。

「縁――ですか?」

 倉科の言葉に頷く巌鉄。

「あぁ、妙な話だが、刑事によっては特定の事件にばかり引っ張られることがあるんだよ。殺しひとつにしたって、子どもが殺されるような事件にばかり当たって、ノイローゼになるやつもいたりする」

 当時、まだ心の病が広く認識されていなかった頃、それらを総称してノイローゼと呼ぶ風潮があった。今はもっと正確な病名がつくのだろうが、良くも悪くも寛容な時代だったのだ。

「へ、へぇ。そうなんですか……」

「まぁ、刑事をやってればいずれ分かることだ」

 巌鉄が立ち上がると、倉科が先に廊下を歩き出し「こちらです」と案内してくれる。表に回されたパトカーへと倉科が先導し、運転席に座ろうとするが、そこに巌鉄は割り込む。

「現場に着くまでに、事件の概要を改めて把握しておきたい。それに雨立街がどこにあるのか知らんだろ? 俺が運転する」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。  新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。  現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。  過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。  ――アリアドネは嘘をつく。 (過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...