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第一話 コレクター【事件編】

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 その場に残るものなんだか気まずくなった巌鉄は、小さく溜め息を漏らしつつ会議室を後にする。廊下に出ると、すぐそこに灰皿があるのを見つけて煙草に火を点ける。この時代はまだ煙草に寛容な時代だ。いちいち、決められた場所で吸わねばならなくなるなど、この時の喫煙者の誰が予期できたことだろうか。

「巌鉄先輩! 準備できました!」

 パトカーを表に回してくれたのだろう。嬉々として駆けてくると、またしても敬礼をしてくれる倉科。その初々しい勘違いが、とうとう面白くなってきた巌鉄は、かすかに笑みを浮かべつつ紫煙を燻らせた。

「倉科、今は仕方ねぇけど、仕事ってのは手の抜き方を覚える必要があるんだよ。ずっと肩肘張ってても絶対にもたないから、さっさと手の抜き方を覚えろよ」

 どれだけの期間、ここに研修という形で在籍するのかは知らないが、きっと巌鉄が教えてやれるのは手の抜き方くらいだ。

「はい、頑張ります!」

 そこまで声を張り上げなくても聞こえる。思わず耳を塞ぐと、巌鉄は「ちょっとお前さんに手の抜き方を教えるのは、難しいかもしれんなぁ」と一言。倉科は巌鉄が言わんとしていることを飲み込めないのか、困ったかのように苦笑いを浮かべた。

「それにしても、初めて扱う事件がこんな事件になるなんてな。お前さんに、こういう事件との縁ができなきゃいいが」

 今回の事件は、普通の事件と比べて難しい事件だ。なぜなら――猟奇殺人事件の可能性が高いから。普段、捜査一課からは離れている巌鉄でさえ、連日報道されるニュースで、事件の残虐性を知っている。

「縁――ですか?」

 倉科の言葉に頷く巌鉄。

「あぁ、妙な話だが、刑事によっては特定の事件にばかり引っ張られることがあるんだよ。殺しひとつにしたって、子どもが殺されるような事件にばかり当たって、ノイローゼになるやつもいたりする」

 当時、まだ心の病が広く認識されていなかった頃、それらを総称してノイローゼと呼ぶ風潮があった。今はもっと正確な病名がつくのだろうが、良くも悪くも寛容な時代だったのだ。

「へ、へぇ。そうなんですか……」

「まぁ、刑事をやってればいずれ分かることだ」

 巌鉄が立ち上がると、倉科が先に廊下を歩き出し「こちらです」と案内してくれる。表に回されたパトカーへと倉科が先導し、運転席に座ろうとするが、そこに巌鉄は割り込む。

「現場に着くまでに、事件の概要を改めて把握しておきたい。それに雨立街がどこにあるのか知らんだろ? 俺が運転する」
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