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第三十九話

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 まだ夏の残暑は続いているが、それでも幾分か涼しくなった気候とともに、庭の花々は彩りを変えつつあった。春や夏は鮮やかな花が多く咲いていたが、秋である今はぽつりぽつりと落ち着いた色合いの花が増えてきていた。木々についている葉も緑から赤へと変わりつつある。そんな庭にどこか物寂しい気持ちを感じてしまうと同時に、これから見られる庭も楽しみを感じていた。

 庭の景色が良く見られる場所に可愛らしいテーブルセットが準備されていた。テーブルはすでにサンドウィッチやスコーンなどの軽食が準備されており、エマたちが席につくとウィリアムが紅茶をティーカップに注いでくれた。

「用がありましたら、こちらのベルでお呼びください」

「ありがとう」

 ウィリアムがベルを机の端に置き、頭を下げる。ここの準備をしてくれていたであろう使用人たちもウィリアムの後ろで同じように頭を下げ、退出して行った。

 こうして二人きりになり、穏やかな時間が流れ始める。

 用意してくれた昼食をゆっくりと食べながら、お互いに今日あったことなどを話す。鍛錬場にいた騎士の話や、レオナルドの仕事上での話などと話題が尽きることはなかった。

 昼食を食べ終え、庭の花々をもっとよく見るために二人で手を繋いで散歩をする。始めこそ慣れないせいで緊張もしたが、最近はどちらかと言えば、互いの体温を感じることができるから手を繋ぐことが好きになりつつあった。

 あの花はもうすぐ咲きそうだ、この花は可憐で可愛いなどと言い合いながら歩いていると、レオナルドがその歩みを止めた。手を繋いでいるエマも必然的に足を止めることになる。

「レオ? どうしたの?」

 なぜいきなり足を止めたのだろう、具合でも悪くなったのだろうかと心配していると、レオナルドはその場で片足を地面につけ、繋いでいた手の甲にキスを落とした。

 エマがレオナルドを見上げることはあっても、レオナルドがエマを見上げることは中々なく、どこか緊張をしてしまう。

 そんなエマの緊張を知ってか知らずか、ズボンのポケットから小さな四角の箱を取り出した。その箱を片手で開け、中身をエマに見せる。

「これって……」

 箱の中に入っていたのは、二つの指輪だった。細いシルバーで出来たリングの中央に翡翠の宝石が収まっていた。その宝石をよく見てみると、金の粒子が翡翠を輝かせるように散らばっていた。公爵家の娘だけあって、色んな宝石を目にしてきたが、これほど綺麗な宝石は初めて見る。

 翡翠と金。レオナルドとエマの瞳の色を表しているのだろう。そのことに気がついた瞬間、目の奥が熱くなる。

「公式の場では、リアム国で代々受け継がれてきた指輪を嵌めないといけないから。せめてその前に僕の気持ちを受け取って欲しくて。前にも言ったと思うけど、今の瞳も青空の中、輝く太陽のようで綺麗で僕は好きだよ。その瞳の色に気づいてピアスの宝石もエマの瞳と同じものに取り換えてもらったくらいに」

 風でレオナルドの髪がふわりと揺れ、合間からエマの瞳と揃いの色をしたピアスが視界の中に映った。

「エマ、ずっと前から僕はエマのことが好きだよ。それはこれから先ずっと変わらない。だからエマ、僕と結婚してください」

 最初は国王と父であるハリーとの間で決められた政略結婚だった。けれど何度も会ううちに好きになって。病気に犯されて婚約を解消した後も、やっぱり好きな気持ちを止めることはできなくて。

 自然と涙が頬を伝う。

 けれどそんなことなど構わず、エマは嬉しさに目を細めて笑った。

「私も、私もレオが好きよ。レオ、いいえ、レオナルド、これからも末永くよろしくお願いします」

 肩膝を地面につけるレオナルドに抱きつく。さすが男性というべきなのか、そんな体勢でもエマをしっかりと受け止めてくれた。

 そして小さい方の指輪をエマの左手の薬指へと嵌めてくれる。エマもそれをまねして、レオナルドの左手の薬指へと嵌めた。二人の色が入った宝石はとても綺麗で、何度も見返したくなるほどだ。

 涙で濡れているエマの目元を親指で拭うと、レオナルドはそっと顔を近づけてきた。それに合わせてエマも瞼をゆっくりと閉じる。

「愛しているよ、エマ」

 唇へと柔らくて温かな感触が伝わってきた。

 魔力過多症にかかったことや、レオナルドと婚約を解消したことなど、不幸だったことが帳消しになるくらい、幸せな気持ちに包まれた。

 キスをした後、なんとなしに空を見上げる。

 そこにあったのは青空。――そして中央にはエマの瞳と同じ色をした太陽が輝いていた。
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