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第三十三話

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 つられるようにエマもライアンと同じ方向へ視線を向ける。

「え…………」

 そこには、先程の立ち位置より数歩前に出たレオナルドが微笑んで立っていた。

「この国の王太子、レオナルド・フォン・スペルクスとの婚約を再度認めようと思う」

 目を丸くして、口が開いたままのエマに、ライアンが耳を疑うようなことを口にした。

「どういう、ことですか……?」

 かろうじて絞り出した声はなんとも情けなかった。

 しかし聞かずしてはいられなかった。

 レオナルドとの婚約は魔力過多症になった五年前に解消された。言い出したのはエマからではあるが、速やかに処理された。そして魔力過多症を克服してからも婚約解消が無しになることはなかった。その理由は、自身の身に絶えず治癒魔法をかけているせいで、子どもを宿すことができなくなってしまったからだ。

 しかし貴族の権力構成を考えるには、レオナルドの相手はフォルモーサ公爵家の者が望ましい。そんな理由もあってミアカーナとの婚約に変わった。

 魔力が増幅し、どうにか膨大な魔力を治癒魔法として徐々に制御できるようになってきた今も、子どもを宿す可能性はゼロに等しい上に、ミアカーナという婚約者もいる。どうしてこのようなことになってしまったのか理解をすることができなかった。

 そんなエマの疑問に答えてくれたのは、一人の少女の声だった。

「国王陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」

「ミアカーナ・フォルモーサか。発言を許す」

 背後から聞こえてきた声は妹であるミアカーナのものだった。振り返れば、そこには臣下の礼をとったミアカーナが頭を下げていた。ライアンが発言を許したことによって、顔を上げる。そこにあった顔は、数日前に見舞いに来てくれた時に、元気になってきたエマを喜ぶ表情と同じものがあった。

「お姉様、お姉様が魔物討伐に出かける際、帰ってきたらお話がたくさんしたいと言っていたこと、覚えていますか?」

「ええ、もちろん。でも、そのことと何が関係あるの? 魔物討伐に出かける前の夜にミアが部屋を訪ねてきたときに貴女言ったじゃない。私には負けません、って」

 互いにレオナルドが好きなのだと話した夜。確かにミアカーナはそう言っていたことを覚えている。

「言ったことは覚えていますわ。でも私はそのあとにこう言ったはずですわ『いろんな意味で』と」

 いろんな意味で。その言葉が何を指していたのか、エマが聞くことはなかった。でもそれはエマが、レオナルドに関することで、だと思っていたからだ。

「実はあの時、決めていたのですわ。レオナルド殿下と婚約を解消しようと。……まあ、婚約解消というよりは婚約者候補を降りると言った方が正しいかもしれませんが」

「え……?」

「お姉様に負けませんと言ったのは、レオナルド殿下のことではなく、お姉様のような素敵な女性になることを負けません、と。そういう意味だったのです。お姉様は私の目標であり、いずれ追い越したい人物でもあるのですから」

「でも、レオナルド殿下をお慕いしているって」

「言いましたわ。でも、お姉様やレオナルド殿下が両想いであることを知っていながら、邪魔をすることはどうしてもできませんでしたの。……だって私、お姉様のことも大好きなんですもの。それに私、この失恋を新しい恋で乗り越えることに致しましたの。お姉様に負けないくらい素敵な恋にしてみせますわ!」

 照れたように笑うミアカーナに涙がこみ上げてくる。

「お姉様は幸せになるべきですわ。だってこんなに頑張り屋で素敵な私のお姉様なんですもの。……私に遠慮なんていりませんわ。ですからこの褒章をお受け取りください」

 嘘偽りのない瞳は、真っ直ぐとエマを見据えていた。

 アネットやリターニャ、リカルドたちに言われた言葉を思い出す。

(私も自分の気持ちに正直になってもいいのかもしれないわ……)

 エマは意を決して、ライアンの方へ体を向けた。

「国王陛下、此度の褒章とても嬉しく存じます。しかしながら、私の体は子供を宿すことができない身。それでもレオナルド殿下との婚約をさせていただけるのでしょうか?」

「その件ならば問題ない。レオナルドやウィルフレッドと話はすでについておる。此度の褒章に伴い、ウィルフレッド・フォン・スペルクスとミアカーナ・フォルモーサの婚約も決定したのだよ」

「そうなのですか?」

 名前を呼ばれたウィルフレッドがエマの後ろにいたミアカーナの元へ行き、元いた場所へと連れ帰る。レオナルドとウィルフレッド。系統は違うが、どちらも顔はかなり整っている。そんなウィルフレッドに連れていかれ、現在腰を抱かれているミアカーナは顔を真っ赤にしていた。

(ウィルがミアの新しい恋の相手なの?)

 ウィルフレッド第二王子でありながら、騎士団副団長という立派な実力を持っている。浮いた話こそ聞いたことはないが、こうしてミアカーナの反応を見る限り女性の扱いにも長けていそうだ。

 混乱している頭で、謎の分析をしながら、ライアンの話に続きに耳を傾ける。

「レオナルドとエマ嬢。二人の間に子供が出来なかった場合、ウィルフレッドとミアカーナ嬢の子供をお前たち二人の養子にすることで、この婚約という褒章が決まった。もちろんミアカーナ嬢には了承を得ておる」

 国の情勢上、どうしても今代でフォルモーサの血を王家に入れる必要がある。これは貴族間の中でも決定していた事項のため、レオナルドとエマの婚約が破棄となった際に、ミアカーナが選ばれた。だからこの決定もわからないでもない。

 しかしこの褒章のために様々な人が動いてくれたことはわかる。ウィルフレッドと自身の娘を婚約させて王家と顔を繋いでおきたい貴族は決して少なくないのだから。

「私は幸せになってもいいのでしょうか……?」

 ぽつりと口から零れ出た言葉は、エマの本心だった。

「もちろんだよ、エマ。僕はエマと幸せな人生を歩むことを望んでいる」

 エマの疑問を肯定したのは、いつの間にか歩み寄ってきていたレオナルドだった。

「レオ」

「それにね、僕以外の者たちもそうだよ。貴族も平民も関係ない。魔物討伐で多くの騎士たちを治癒して、死亡者数を数人に抑えた治癒魔法師としてのエマの力は誰もが認めているものだ。そんなエマが不幸になるなんて、そんなの誰も許しはしない。そうでしょう?」

 謁見室にいる貴族たちに向けて、レオナルドが問いかける。その問いに答えるように、謁見室には拍手が鳴り響いた。

「この拍手はエマに送られたものだよ」

 レオナルドは自身のことのように嬉しそうに微笑み、そのままその場で跪く。

「エマ・フォルモーサ。僕と結婚してくださいますか?」

 まるで物語の中のような光景に、口元は自然と上がっていた。

「はい。喜んでお受けいたします」

 差し出された手に、自身の手を乗せて頷く。

 その瞬間、謁見室は割れんばかりの歓声と、さらに大きな拍手が鳴り響いた。
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