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第十三話
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最初に馬車が停車したのは、一軒の装飾店だった。金額に見合った品質をいつも店頭に置いており、エマが公爵令嬢だった時も贔屓にしていた店でもある。小さい頃は家まで来てもらっていたのだが、出かけられるようになってからは、たくさんの商品を見たいからと両親にお願いをして、よくこの装飾店に来ていた。
馬車の中から先に父親が降り、次いで降りた母親のエスコートをする。エマは御者の隣に座っていたウィリアムの手を借りて、馬車から降りた。
親子水入らずとは言っても、公爵家の人間が護衛もつけずに外を歩くことはあまりよろしくはない。そこで常にエマと行動をともにしているウィリアムに白羽の矢がたった。ウィリアムは侍従としても優秀だが、護衛としても十分に優秀なのだ。父親が欲しがるくらいには。
それに、他の人に護衛に就かれるよりも、気心の知れたウィリアムの方がずっといい。両親もそんなエマの気持ちを慮って、ウィリアムに任せてくれたのだろう。
店内に入ると、懐かしい空気がエマを出迎える。
「いらっしゃいませ」
店主が深々とお辞儀をし、エマたちをさらに奥へ入るように促す。これは五年前まではいつもの光景だったので、懐かしさを再び感じつつ、並べられた装飾品に近づいた。
静かに装飾品を見るが好きだったことを店主も覚えていたらしく、エマに対しては必要最低限の会話しかない。それが居心地よく両親が装飾品を見ながらしている会話を聞きながら、一つ一つゆっくりと見ていった。
「エマ、気に入ったものはあったか?」
「はい」
両親は生まれた時からエマやミアカーナ、リカルドに優しかった。もちろん教育面に関しては厳しいところも多々あったが、それ以外の部分は優しいの一言に尽きる。しかし魔力過多症に勝ったエマに対しては、さらに甘くなった。エマが治癒魔法師になりたいと言っても反対をしなかったし、公爵令嬢の地位を捨てることに対してもそうか、と一言呟いただけだった。
そんな両親の優しさに漬けこんでいる自覚はある。だからこそ、公爵家の力を借りずに治癒魔法師として得た『聖女』の名前が、恥ずかしくはあるが誇らしくもあった。
「どれだい?」
「これです」
ハリーに見せるように言われ、手にもっていた装飾品を見せる。それは五つのピアスだった。ピアスには宝石こそついていないものの、繊細な細工が施されており、一際目を引いた。誰が見ても、確かな技量を持った職人が作った代物だと口を揃えて言うだろう。
「五つも欲しいのかい? 別に構いはしないが」
まさかエマが同じものを五つも欲しがるとは思ってもみなかったのだろう。目を若干丸くしながら確認してくる。
「五つ欲しいんです。だってこのピアス、このように繊細で綺麗な細工なのに、ちょうど五つ同じものがあったんだもの。これなら家族皆お揃いでつけられるでしょう?」
五つあったのは偶然かもしれない。他の人が購入した可能性だってある。けれどエマが気に入ったピアスが五つもあったのは、どこか運命を感じてしまった。
(これなら普段つけていても邪魔にならないし、家族の存在も感じることができるわ)
五人お揃いの何かを身に着けたことは今まで一度もない。ならこの機会に持ちたいと思ってしまった。
(それに互いにつけていれば、私が魔物討伐に行っている間も、お母様たちの心の支えになるかもしれないもの)
同じものを大切な人が持っている。それだけで心がどこか温かくなるものだ。昔レオナルドと婚約者だった頃に、お揃いでつけていたピアスの存在を思い出す。公爵家のエマの自室にある机の引き出しにもう五年も閉まってある。十五歳の誕生日以来、そのピアスをつけることも、陽の光を浴びることもなかったピアスだ。けれどその姿形は今でも鮮明に思い出すことができる。
そこまで感傷に浸って、すぐに頭を切り替える。
(今は家族お揃いのピアスのことだけを考えていれば十分なのよ)
この場で感傷に浸る必要性はどこにもない。
百面相をしていたであろうエマに、不思議そうな視線を向けていないかそっと両親の表情を覗うが、それは杞憂に終わった。
二人とも嬉しそうにエマの手のひらにのったピアスを見ていた。
「嬉しい、嬉しいわ、エマ!!」
「私もだ、エマ。こんな嬉しいことが今日起きるなんて。さっそくつけようではないか」
父親が会計をしそうになったので、慌ててエマが先手を打つ。
「これは私に購入させてくださいな。私も治癒魔法師として給金をもらう身です。お父様に出してもらうのではなく、私からお父様やお母様、ミアカーナやリカルドにプレゼントさせてください」
せっかくお揃いでつけるのなら、エマからのプレゼントにしたい。そう申し出れば、ロゼッタは感極まったように瞳を潤ませていた。ハリーも潤ますとまではいかないが、いたく感動しているようで目頭を押さえていた。そんな両親の姿が嬉しくて自然と笑みが零れた。
装飾店でピアスを五つ購入し、ミアカーナとリカルドの分だけ包装してもらうことにした。エマを含む三人分は両親の意向でこの場で耳につけることになった。ロゼッタは店内の鏡を何度も嬉しそうに覗き込んでいるし、ハリーもピアスを何度も親指と人差し指でそこにあることを確認していた。
(喜んでもらえてよかったわ)
二人の嬉しそうな顔に満足し、再び馬車に乗り込んだ。
馬車の中から先に父親が降り、次いで降りた母親のエスコートをする。エマは御者の隣に座っていたウィリアムの手を借りて、馬車から降りた。
親子水入らずとは言っても、公爵家の人間が護衛もつけずに外を歩くことはあまりよろしくはない。そこで常にエマと行動をともにしているウィリアムに白羽の矢がたった。ウィリアムは侍従としても優秀だが、護衛としても十分に優秀なのだ。父親が欲しがるくらいには。
それに、他の人に護衛に就かれるよりも、気心の知れたウィリアムの方がずっといい。両親もそんなエマの気持ちを慮って、ウィリアムに任せてくれたのだろう。
店内に入ると、懐かしい空気がエマを出迎える。
「いらっしゃいませ」
店主が深々とお辞儀をし、エマたちをさらに奥へ入るように促す。これは五年前まではいつもの光景だったので、懐かしさを再び感じつつ、並べられた装飾品に近づいた。
静かに装飾品を見るが好きだったことを店主も覚えていたらしく、エマに対しては必要最低限の会話しかない。それが居心地よく両親が装飾品を見ながらしている会話を聞きながら、一つ一つゆっくりと見ていった。
「エマ、気に入ったものはあったか?」
「はい」
両親は生まれた時からエマやミアカーナ、リカルドに優しかった。もちろん教育面に関しては厳しいところも多々あったが、それ以外の部分は優しいの一言に尽きる。しかし魔力過多症に勝ったエマに対しては、さらに甘くなった。エマが治癒魔法師になりたいと言っても反対をしなかったし、公爵令嬢の地位を捨てることに対してもそうか、と一言呟いただけだった。
そんな両親の優しさに漬けこんでいる自覚はある。だからこそ、公爵家の力を借りずに治癒魔法師として得た『聖女』の名前が、恥ずかしくはあるが誇らしくもあった。
「どれだい?」
「これです」
ハリーに見せるように言われ、手にもっていた装飾品を見せる。それは五つのピアスだった。ピアスには宝石こそついていないものの、繊細な細工が施されており、一際目を引いた。誰が見ても、確かな技量を持った職人が作った代物だと口を揃えて言うだろう。
「五つも欲しいのかい? 別に構いはしないが」
まさかエマが同じものを五つも欲しがるとは思ってもみなかったのだろう。目を若干丸くしながら確認してくる。
「五つ欲しいんです。だってこのピアス、このように繊細で綺麗な細工なのに、ちょうど五つ同じものがあったんだもの。これなら家族皆お揃いでつけられるでしょう?」
五つあったのは偶然かもしれない。他の人が購入した可能性だってある。けれどエマが気に入ったピアスが五つもあったのは、どこか運命を感じてしまった。
(これなら普段つけていても邪魔にならないし、家族の存在も感じることができるわ)
五人お揃いの何かを身に着けたことは今まで一度もない。ならこの機会に持ちたいと思ってしまった。
(それに互いにつけていれば、私が魔物討伐に行っている間も、お母様たちの心の支えになるかもしれないもの)
同じものを大切な人が持っている。それだけで心がどこか温かくなるものだ。昔レオナルドと婚約者だった頃に、お揃いでつけていたピアスの存在を思い出す。公爵家のエマの自室にある机の引き出しにもう五年も閉まってある。十五歳の誕生日以来、そのピアスをつけることも、陽の光を浴びることもなかったピアスだ。けれどその姿形は今でも鮮明に思い出すことができる。
そこまで感傷に浸って、すぐに頭を切り替える。
(今は家族お揃いのピアスのことだけを考えていれば十分なのよ)
この場で感傷に浸る必要性はどこにもない。
百面相をしていたであろうエマに、不思議そうな視線を向けていないかそっと両親の表情を覗うが、それは杞憂に終わった。
二人とも嬉しそうにエマの手のひらにのったピアスを見ていた。
「嬉しい、嬉しいわ、エマ!!」
「私もだ、エマ。こんな嬉しいことが今日起きるなんて。さっそくつけようではないか」
父親が会計をしそうになったので、慌ててエマが先手を打つ。
「これは私に購入させてくださいな。私も治癒魔法師として給金をもらう身です。お父様に出してもらうのではなく、私からお父様やお母様、ミアカーナやリカルドにプレゼントさせてください」
せっかくお揃いでつけるのなら、エマからのプレゼントにしたい。そう申し出れば、ロゼッタは感極まったように瞳を潤ませていた。ハリーも潤ますとまではいかないが、いたく感動しているようで目頭を押さえていた。そんな両親の姿が嬉しくて自然と笑みが零れた。
装飾店でピアスを五つ購入し、ミアカーナとリカルドの分だけ包装してもらうことにした。エマを含む三人分は両親の意向でこの場で耳につけることになった。ロゼッタは店内の鏡を何度も嬉しそうに覗き込んでいるし、ハリーもピアスを何度も親指と人差し指でそこにあることを確認していた。
(喜んでもらえてよかったわ)
二人の嬉しそうな顔に満足し、再び馬車に乗り込んだ。
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